息子には、「上手に歌う」という発想がなかった。
昨日、家にいると気分が塞いでしまいそうで、
息子と散歩に出た。
その途中で、息子が言った。
「カラオケ行ってみたい」
そういえば、息子はカラオケに行ったことがない。
じゃあ行ってみようか、と
近くのお店を覗いてみたけれど、
どこもいっぱいだった。
結局、昨日は諦めた。
そして今日。
病院で検査を終えたあと、
「このあと、どうする?」 と息子に聞いた。
すると、また言った。
「カラオケ行きたい」
昨日行けなかったのが、まだ心残りだったらしい。
じゃあ今日は行ってみようか、とお店に向かった。
ところが、また満席。
一時間半待ちだった。
さすがに今日はやめようか、と思った。
でも息子は、どうしてもやりたいという。
そこまで言うなら仕方ない。
たこ焼きを食べたりしながら一時間半をつぶして、ようやく入ることができた。
息子、初めてのカラオケ。
部屋に入ると、息子は
曲を選ぶのに少し時間がかかっていた。
そのあいだに、私は「うっせぇわ」を入れた。
これなら息子も知っている。
曲が始まって、私が歌い出す。
すると横から、
息子が私のマイクをスッと取った。
え?
と思う間もなく、そのまま歌い始めた。
ものすごく楽しそうに。
私はマイク置き場からもう一本取ってきた。
そこからは、二人で歌った。
というより、息子の中では最初から
「一緒に歌う」が前提だったらしい。
私が入れた曲でも、
知っているところが来れば歌う。
サビしか知らなくても歌う。
わからないところは、なんとなく適当に歌う。
本当にわからなくなると、
黙って知っているところが来るのを待つ。
音程が外れていても、まったく気にしていない。
ニコニコしながら、とにかく大声で歌っている。
私はそれを見ながら、
へえ、そうやって楽しむんだな、と感心した。
私の知っているカラオケには、
なんとなく順番があった。
誰かが歌っている曲には、勝手に入らない。
でも、息子にはそんなルールはまだない。
歌が流れる。
知っている。
だから歌う。
ただ、それだけ。
一方の私は、久しぶりのカラオケで、
自分の歌の下手さにちょっと驚いていた。
たぶん、十年くらいまともに歌っていない。
今日は風邪気味で喉もイガイガするし、
途中で咳き込む。
音程も外れる。
昔より、ずいぶん歌えなくなったなと思った。
十年って、こういうことか。
ちょっとショックだった。
でも、隣では息子がそんなことを
一ミリも気にせず、
ニコニコしながら絶叫している。
そのうち、私もどうでもよくなってきた。
歌ったことのない曲も、適当に歌う。
わからないところはごまかす。
サカナクションが流れたら、
もう歌うより踊っていた。
息子が笑う。
私も笑う。
こんなふうに、上手く歌うことを
手放したカラオケは久しぶりだった。
でも、楽しかった。
息子と二人で、どう時間を過ごしたらいいのか
わからないことがある。
息子がやりたいことに付き合うことはできる。
でも、それがいつも私まで
夢中になれるとは限らない。
今日は、私も楽しかった。
店を出るころには、私はまた料金表を見ていた。
朝の料金は、半額以下だった。
来週から、朝活はこれにしようかと思った。
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