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夫より近くの他人

私は、本当は全部
一人でやりたかったわけじゃない。

家族なんだから、
支え合って暮らしていけると思っていた。

でも、その話を切り出せる空気では、
もうなかった。

仕事を終えて帰る。
スーパーへ寄る。
夕飯を作る。
洗濯をする。
片付ける。

家事の話をしたかった。
私も仕事をして帰ってきて、疲れていた。

でも、その話になる前に、
夫はいつも自分の不調を話した。

体調が悪い。
よく眠れない。
しんどい。
動けない。

その言葉を聞くたびに、
私の疲れは後回しになった。

気づけば、私が支える側でいることだけが
当たり前になっていた。

たまに手伝ったとしても、
「言われたからやる。」
そんな気配が、言葉にしなくても伝わってきた。

だから私は、次第に頼めなくなった。

今日も、どうせ「疲れた」と言うんだろう。
また、体調が悪いと言うんだろう。

そう思うと、家事の分量の話を切り出すことさえ、できなくなっていった。

本当は、「手伝ってほしい」と
言いたかったわけじゃない。

家のことは、二人で担うものだと思っていたから。
それなのに、
いつの間にか家事は私の仕事になっていた。

少し負担を分けてほしいと思うたびに、
私は「お願いする側」になっていた。

その関係が、何より苦しかった。

ある日、ふと思った。
もしかしたら、もう
支え合う関係ではなくなっていたのかもしれない。

そう気づいたとき、私は初めて、
助けを求める相手を変えようと思った。

その頃、初めて家事代行をお願いした。

最初は少し抵抗があった。
でも、来てもらった日の帰り道、
不思議なくらい肩が軽かった。

そのあとも、ネットスーパーを使うようになった。
仕事で遅くなった日は、
お弁当屋さんで夕飯を買った。

つらい日は友人に話を聞いてもらった。
振り返ると、少しずつ助けを求める
相手が変わっていた。

支え合えるはずだという期待を、
少しずつ手放していったのだ。

それは寂しい決断だった。

でも同時に、
生きていくために必要な決断でもあった。

私が手放したのは、
「いつか分かってくれるかもしれない。」
という期待だった。

その代わりに見つけたのは、
助けてくれる人は、
家族だけではないという暮らし方だった。

家事代行も、友人も、
ネットスーパーも、
お弁当屋さんも。

私の暮らしは、
たくさんの人やサービスに支えられていた。

あの日、助けを求める相手を変えたことは、
諦めではなかった。

これからも前を向いて生きていくための、
小さくて、とても大きな決断だった。



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この一言で、夫婦の関係が少しずつ変わっていった出来事を書きました。
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7/23 21:00 公開予定



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