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私は、生き延びるので精一杯だった。


ある日、
公園から帰れなくなった。

息子と一緒に出かけて、
帰り道に、
何かが切れた。
数分の道だった。
いつも歩いていた道だった。

でも、
足が動かなかった。
呼吸がうまくできなかった。
咳が出た。

なんとか家にたどり着いた時には、
一時間が経っていた。
その頃から、
生活が縮んでいった。

食べられなかった。
作れなかった。

息子のお弁当は、
冷凍の唐揚げとトマトだった。

それが精一杯だった。

掃除ができなかった。
洗濯だけは、
なんとかした。
それ以上は、
無理だった。

幼稚園の送迎を終えると、
もう何もできなかった。
横になるしかなかった。

一月が経って、
ようやく自転車に乗れるようになった。

でも、
自転車で迎えに行って、
帰り道、
倒れそうになったことがある。

ペダルが重かった。
視界が、
少し白んでいた。

それでも、
息子を乗せて、
家まで帰った。

普通の生活動作が、
極端に難しくなっていた。

でも当時の私には、
それが「普通じゃない」という感覚すら、
なかったと思う。

ただ、
今日も送迎できた。
洗濯できた。

それだけが、
一日の全部だった。

洗濯物を干しながら、
ふと思った。

私には、
もう言葉がない。

書く、という行為は、
遠い星の話だった。

頭の中で思うことも、
言葉にすることも、
誰かに伝えることも、
もう、
遠かった。

私には、
余力がなかった。

呼吸して、
息子を送って、
横になる。

それだけで、
一日が終わった。

私は、
書けなかったんじゃない。

生きる機能だけで、
精一杯だった。

今なら、
そう言える。

でも当時は、
そんなことすら、
考える隙間がなかった。

ただ、
今日が終わった。
それだけだった。


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「軸へ戻るまで」シリーズです。
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