40代になったら、やるはずだった
書けなかった、
というより、フリーズしていた。
頭では何度も思った。
書かなきゃ。
書きたい。
でも、いざ画面を開くと、全身が止まる。
指が動かない。
そのまま閉じる。
また開く。
また止まる。
その繰り返しだった。
近況報告なら書けた。
今日は息子とプレイパークに行った。
泥だらけになった。
桜が綺麗だった。
そういう軽い話なら、
するすると出てきた。
でも、
そこから先へ行こうとすると、止まる。
教育のこと。
お母さんのこと。
自分の使命と繋がっている場所。
そこへ触れようとした瞬間、
急に身体が固まる。
恐怖みたいに。
26歳の頃から、決めていた。
40代になったらお母さん向けの講座をやる、と。
塾を経営しながら、
ずっとそれを目標にしていた。
塾のブログを書いていた頃、
お母さんから感想が届いたことがある。
読んでいたら涙が止まらなくなりました、と。
娘を預けたいと思いました、と。
そういう文章を、私は書いていた。
それが、綺麗に止まった。
ネタがなかったわけじゃない。
むしろ逆だった。
重すぎた。
生きていくのが精一杯だった時期がある。
朝、息をするだけで疲れていた。
一日が終わる頃には、
何もできなかった自分だけが残っていた。
でも、
「大変でした」という話を書きたいわけじゃない。
同情を引きたいわけでもない。
ただ、深い場所へ触れようとすると、
身体が止まった。
恐怖みたいに。
それだけだ。
自信も失っていた。
教育の世界で30年やってきた。
どこへ行っても仕事を任された。
自分が教育に向いていることは知っていた。
なのに、育児になると違った。
疲弊したまま子どもと向き合う日々。
余裕がなくて怒鳴ってしまう日。
そんな自分への自己嫌悪。
「こんな私がお母さん支援なんて、
できるわけない」
という気持ちがいつの間にかそこにあった。
書けるわけがなかった。
何年か前、一ヶ月だけ毎日書くと決めた。
Facebookで宣言して、逃げられないようにして。
決めたから、書いた。
でも途中から苦しくなった。
書いた内容は結局、
今日こんなことがあった、
こんなことを感じた、
という話ばかりだった。
昔みたいに誰かの心に届く文章には、
どうしても届かなかった。
途中で思った。
「これ、何の意味があるんだろう」と。
一ヶ月は続けた。
でも終わった瞬間、また書かなくなった。
何を書こうとしていたのか、
自分でも、よくわからなくなっていた。
それだけだった。
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