遠回りしても、もう一度始めていいと思えた理由—母として、そして一人の人生として—
「40歳を超えたら、お母さん向けの講座をやりたい。」
26歳の夏、一人でイスタンブールを散歩しているとき、
公園でカーペット売りのトルコ人のおじさまに出会いました。
「ぜひ日本にインターナショナルスクールを作ってほしい」と。
その日から、私の夢は
「モンテッソリーの経営者になること」になりました。
当時、ロンドンでモンテッソリー教育を勉強している留学生でした。
初めて接する2歳児、3歳児が全然言うことをきいてくれなず、
泣かされていました。
中学生の相手は「楽」でした。
言葉でいえば通じるから。
教育実習にきたけれど、教える練習なんてさせてもらえなかった。
俗にいう「イヤイヤ期」の子供たち
教えようとすれば、「ともこ、あっちいって」
直そうとすれば、「あなたなんて、大っ嫌い!」
反発されるだけで、私は子供たちの先生にはなれなかったんです。
でも!
でもね、ある時、わかったんです。
イヤイヤされない方法が!
ある瞬間から私は子供たちの先生になりました。
スプーンやフォークで上手に食べること
フォニックスで絵本を読むこと
3ケタの足し算引き算
何を教えても、子供たちがついてくる。
「今までの苦労はいったい何だったんだろう??」ってくらいに!
そして思いました。
「たったこれだけのことで子供たちの取り組みがかわるなら、
私がした同じ苦労をしているお母さんたちにシェアしたい」と。
37,8歳でインターナショナルスクールを作る、
40歳過ぎたあたりからお母さんたちに講座ができる自分になりたい
26歳の私の「今後15年計画」が始まりました。
あれから、想定外の塾の先生で起業して、時が経って、本日40歳。
ケプリ夫妻からの、
「ともさん、お母さん向けのお話会を一緒にやりませんか?」
のお誘いを機に、私の次のステージである
「子育て講座」が始まります。
機が熟せば夢が私を迎えにくる。
華の40代、開演です。
<編集後記>
これは11年前、40歳の時に書いた記事です。「華の40代、開演です」と書いた私は今、51歳。
開演どころか、地獄のような10年でした。気力も自信もなくして、育児をギリギリでこなすのが精一杯だった。
でも、あの10年があったからこそ、今、同じように苦しんでいるお母さんの気持ちが分かる。
「ちゃんとやっているのに回らない」「どう関わればいいのか分からない」
そんな状態は、やり方の問題ではなく、関わり方・順番・タイミングのズレで起きていることが多いと、今ならはっきり言えます。
だから今、私は“家庭の軸から整える”ことをテーマに、一人ひとりの状況を整理する時間をつくっています。
26歳のイスタンブールから始まった夢の続きを、51歳の今、
今度は「誰かの人生を立て直す側」として、もう一度始めます。
■経歴・実績
・現在、中高一貫校公務員
・中学高校英語科教員免許取得
・ロンドンにてモンテッソーリ国際教員資格取得
・インターナショナルナーサリースクール勤務(クラスルームマネージャー)
・教育業界歴30年以上(幼児〜大学入試まで指導経験)
・学習塾を起業・運営(指導・経営経験あり)
・英語教育/多文化教育/親子コミュニケーション指導
・横浜観光親善大使(2006年)
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このアカウントを初めて読んでくださる方へ。
私の文章を知っていただくなら、まずこの4記事から。母として揺れた日も、息子と過ごした時間も、
私自身の人生も。今の私をつくっている4つのエッセイです。
息子を探して走り回った夜、見つけたのは別のものだった。⏬️
息子の一言に、母親としての自分を見透かされた気がした。⏬️
ちゃんとやろうとするほど苦しくなっていた、私の話。⏬️
10歳の息子との、いつか消えてしまう「今」を書いた一篇。
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不定期ですが日々のなかで感じた「心のゆらぎ」を、これからも粛々と綴っていきます。
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過去の文章をまとめて「昔シリーズ」と名付けました。
第2話はこちら
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