私が見つけたのは、迷子の息子じゃなかった。
いない。
さっきまでいるはずだった息子の姿が、
どこにも見当たらなかった。
今日は、友達家族と一緒にラウンドワンへ
遊びに行く約束をしていた。
私は少し遅れて向かっていたので、
息子には先にみんなと合流してもらう予定だった。
でも、どこにもいない。
「もしかしたら、もう一つの駅へ行ってしまったのかな。」
そう思って家へ戻ってみた。
いない。
今度は自転車に乗って駅へ向かう。
それでも、いない。
どこを歩いただろう。
どの道なら選びそうだろう。
息子の気持ちになって、
何度も同じ道を行ったり来たりした。
探しながら、
頭の中では悪い想像ばかりが膨らんでいく。
人に話しかけるのが苦手な息子だから、
困っていても助けを求められないんじゃないか。
泣きながら、一人で私を探しているんじゃないか。
この暑さの中、
熱中症になってしまったらどうしよう。
水筒は持っている。
財布も持っている。
だから何か飲み物は買えるかもしれない。
それでも、不安は消えなかった。
どこを探せばいいのかも分からなくなった頃、
携帯を見ると警察から着信が入っていた。
急いで向かうと、息子がいた。
駅で困っていることを知らない人に伝え、
その人が交番まで連れて行ってくれたという。
そして息子は、自分の名前を伝えた。
住所も、私の携帯番号も、ちゃんと覚えていた。
さらに、公衆電話から
私に電話をかけようともしていたらしい。
私は、その話を聞きながら胸がいっぱいになった。
私はずっと、
「この子は助けを求められない子。」
そう思っていた。
でも、違った。
困ったとき、自分で考えた。
知らない人に声をかけた。
警察に助けを求めた。
自分の情報を伝えた。
一方、友達家族も
ラウンドワンへ向かう途中だった。
それなのに、「心配だから」と
電車を降りて引き返してきてくれた。
「一緒に探そう。」
そう言ってくれた。
警察の方も、とても優しかった。
みんなのおかげで、
息子は安心して待つことができた。
その後は合流して、みんなでサイゼリヤへ行き、
お昼ご飯を食べてからラウンドワンへ向かった。
帰宅した今、思い返している。
今日、迷子になったのは息子だった。
でも、、私が見つけたのは、
迷子になった息子ではなかった。
少しだけ、
一人で歩けるようになった息子だった。
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