糖質制限の真実──糖質制限で不調にならないために
前回までの記事で、糖尿病の直接原因は糖質過剰負荷によるβ細胞の疲弊であり、糖質負荷を減らすことが進行を止める鍵になるという話をしました。
では、糖質を減らせばそれで万事解決かというと、そう単純ではありません。実際、糖質制限を始めて「頭が回らない」「強い倦怠感が出た」「冷えがひどくなった」と訴える人は少なくありません。
ここで多くの人が「やっぱり糖質制限は自分には合わなかった」とか「糖質制限は危険だ!」と結論づけてしまいますが、それは早計です。不調の原因のほとんどは、糖質を減らしたこと自体ではなく、糖質制限の「やり方」にあります。
今回は、糖質制限で起こりがちな不調の正体と、その対策をご紹介します。
結論を先に言うと
糖質制限で不調になる人の多くは、次のどちらか、あるいは両方に当てはまります。
タンパク質・脂質を十分に増やさず、結果的にカロリー不足に陥っている
代謝の切り替え(糖→脂肪・ケトン)の途中で、一時的な「壁」にぶつかっている
順番に見ていきましょう。
最も多い失敗:「糖質制限」のつもりが「カロリー制限」になっている
糖質制限の最大の落とし穴は、ここにあります。
炭水化物を減らす
↓
タンパク質・脂質を増やさない
↓
結果的に総カロリーが減る
↓
体が省エネモードに入る
これまでのダイエット観念では「カロリーを減らせば痩せる」と考えがちです。そのため、炭水化物を減らした分のカロリーを、タンパク質や脂質で補わずに済ませてしまう人が非常に多い。
しかしこれは、糖質制限の設計そのものとは異なります。糖質制限の本質は、糖質という栄養素を減らすことであって、食べる量全体を減らすことではありません。
カロリーが不足した状態が続くと、体は生存のために代謝を落とします。甲状腺ホルモン(T3)の低下(※)、交感神経の働きの低下などが起こり、
強い疲労感・倦怠感
冷え
抜け毛
思考力の低下
といった症状が出てきます。これは「糖質制限が合わない体質」だからではなく、単純にエネルギーが足りていないだけです。
対策
シンプルです。炭水化物を減らした分、タンパク質と脂質をしっかり増やす。 「お腹いっぱい食べているのにカロリーが心配」と感じるくらいで、ようやく適正な水準になることが多いです。
(※)甲状腺ホルモン(T3)の低下について
T3の低下は、体が省燃費モードになることを意味します。
実は糖質制限によってある程度のT3低下は必然的に起こります。これを糖質制限の問題として主張する人がいるのですが、ここは考え方が反対なのです。糖質制限によって下がりすぎたのではなく、糖質過剰な食事によってT3が上がりすぎていた、と理解してください。要するに高糖質食による過剰なグルコース供給に対して、体は低燃費モードにしてエネルギーを消費していたのです。カロリー不足がなければ糖質制限によるある程度のT3の低下は何ら問題ありません。
なぜカロリー不足に陥りやすいのか――食欲のブレーキの違い
ここで一つ、面白い問いが出てきます。
なぜ多くの人が、無意識のうちにタンパク質・脂質を控えめにしてしまうのでしょうか。
実はこれには生理学的な理由があります。タンパク質と脂質には、しっかりとした「満腹のブレーキ」が備わっているのです。
タンパク質:体内で扱える量に限りがあり(余分な窒素は処理する必要があり、体に負担がかかります)、摂りすぎる前に満腹感が働きます。
脂質:カロリー密度が高く、摂りすぎれば体に負担がかかるため、こちらも比較的早めに満腹のブレーキがかかります。
ところが糖質は、このブレーキが相対的に弱いのです。
もちろん糖質にも、食べた後に腸から出るホルモン(インクレチン)が胃の動きを緩めて満腹感を促す仕組みはあります。完全にブレーキがないわけではありません。しかしタンパク質・脂質に比べると、ブレーキがかかるまでに食べられる量が多い。
なぜこんな違いがあるのか。考えられる理由は、人類の進化の歴史にあります。
果物や蜂蜜のような糖質は、自然界では季節限定の貴重品でした。むしろ「手に入るときに集中して食べて、脂肪として蓄えておく」ことの方が、生存上は有利だったはずです。だからこそ、糖質に対する満腹のブレーキは、多少の食べ過ぎを許容するように設定されてきたのではないかと考えられます。
ところが現代では、精製された糖質がいつでもどこでも、無制限に手に入ります。本来「ごちそうのときだけ」食べるはずだった栄養素を、毎日・何度も摂取できてしまう。過食のほとんどは、この糖質によって引き起こされていると言ってよいでしょう。
ここから分かること
裏を返せば、タンパク質と脂質は、よほど意識しない限り「食べ過ぎる」ことの方が難しい栄養素だということです。
糖質制限を正しく実践すれば、タンパク質・脂質それぞれの満腹のブレーキが自然に働き、適正なカロリーに自然と着地するはずです。それなのに「カロリーを減らさなければ痩せない」という思い込みから、わざわざその前に食べる量を抑えてしまう。これが、カロリー不足という最大の落とし穴を生む構造です。
それでも不調が続く場合:代謝の「壁」
タンパク質・脂質をしっかり摂っているのに、それでも不調が続く場合は、もう一段階深い問題が起きている可能性があります。
脳は通常、血液中のブドウ糖をエネルギー源にしています。糖質を減らすと、脳はエネルギー供給を二つの代替ルートに切り替える必要があります。
糖新生:肝臓で、ブドウ糖以外の材料(アミノ酸など)から新しく糖を作る仕組み
ケトン体:脂肪を分解して作られる、ブドウ糖の代わりになるエネルギー源
この切り替えがスムーズにいかないと、脳が一時的に「ガス欠」に近い状態になり、頭が回らない・倦怠感が強いといった不調が出ます。
なぜ切り替えがうまくいかないのか
理由は主に二つあります。
一つ目は、糖新生という仕組み自体が「なまっている」こと。
現代の食生活では、空腹の時間がほとんどなく、糖新生を使う機会が長期間失われています。毎食毎食高糖質食を摂り、おやつを食べると、糖新生を使う必要がなくなります。肝臓に溜まったグリコーゲンの放出で血糖値が維持されて、糖新生の必要がほとんどなくなるからです。
使われない機能が衰えるのは筋肉と同じで、糖新生を担う酵素の働きも、使われないうちに低下している可能性があります。
二つ目は、ケトン体を作る仕組みが、まだ十分に立ち上がっていないこと。
特に、もともと血糖値やインスリンの状態に問題を抱えていた人(肥満や運動不足が続いていた人)では、体の中で「インスリンが高い状態を維持しよう」とする力が強く働き、ケトン体を作る回路にブレーキがかかったままになりやすいことが分かっています。
重要なのは、これが「永続的な欠陥」ではないということ
糖新生の仕組みも、ケトン体を作る仕組みも、使い続けることで徐々に回復していくと考えられます。
糖質制限を始めた直後の数日〜数週間がいちばん辛い「壁」の時期になりやすいのですが、この時期を越えると、体内の代謝が少しずつ切り替わり、ケトン体がスムーズに作られるようになっていきます。
つまり、多くの人にとって「壁」は一時的なものであり、乗り越えれば楽になります。
対策:急がず、段階的に
ここから導かれる実践的な結論はシンプルです。
いきなり極端に炭水化物をゼロにするのではなく、段階的に減らしていく。
これには理論的な理由があります。
血糖を急激に下げすぎず、糖新生への負荷を急に高めない
インスリンをゆっくり下げることで、脂肪を使う回路への切り替えを進めやすくする
少しずつでもケトン体が出始めれば、それ自体が代謝の切り替えを後押しする好循環につながる
急激な変化を体に強いるのではなく、代謝が再配線されるための時間を与えてあげるというイメージです。
まとめ:糖質制限で不調にならないための二つの原則
タンパク質と脂質はしっかり摂る。カロリーを削ってはいけない。 糖質を減らした分は、他の栄養素でちゃんと埋め合わせる。
段階的に減らす。 一気にゼロを目指さず、体が代謝を切り替える時間を確保する。
この二つを守れば、糖質制限で不調になるケースの多くは防げるはずです。
付記:それでも改善しない場合
ここまでの対策をきちんと実践しても、なお強い不調が続く場合があります。特に、もともと痩せ型で、何を食べても太りにくい体質の方に多く見られるパターンです。
このケースで疑われるのが、ストレスホルモンであるコルチゾールの調節異常(HPA軸の機能不全)です。いわゆる「副腎疲労」と呼ばれてきた状態の実態は、副腎そのものの疲弊ではなく、慢性的なストレスによって脳の中枢(視床下部・下垂体)とのフィードバック回路が過敏になり、結果としてコルチゾールの分泌そのものが慢性的に低くなってしまっている状態だと考えられます。
コルチゾールは、血糖が下がったときに糖新生を後押しする重要なシグナルです。この働きが慢性的に弱いと、糖質制限という負荷に対して体が十分に対応できず、「壁」を越えるための時間を与えても改善しないという形で現れます。
このタイプは、これまで述べてきた「カロリーをしっかり摂る」「段階的に減らす」という対策だけでは十分に解決しない可能性があります。該当すると思われる方は、急激な糖質制限は避け、専門家と相談しながら個別に対応を検討することをお勧めします。
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さらにこちらの記事では、インスリン抵抗性の本質について深掘りしています。こちらも是非どうぞ。
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