縁界《ENKAI》本編|プロローグ : それが何か分からなくて
プロローグ:縁界《ENKAI》━ ラグナード ━
「ラグ、今日は冷えるね」
その言葉を、ラグナードは意味として理解していなかった。
ただ、その声が来るときだけ、この森の時間が少しだけ変わることは分かっていた。
森の中でそれは珍しいことだった。
言葉はある。だが、それは生きるための情報であって、誰かと“繋がるためのもの”ではない。
それでもシロは通ってきた。
誰も近づこうとしない森の奥へ。
ラグナードを見つけると、いつものように少しだけ笑う。
「ちゃんと聞いてる?」
ラグナードは答えない。
ただ見ている。
「まあ、聞いてなくても話すけど」
シロは楽しそうに笑った。
それがいつものことだった。
ラグナードは話さない。
シロは気にせず話す。
寂しいということ。
誰かといるということ。
名前を呼ぶということ。
それはラグナードの中に積み重なり、“理解”ではなく“残像”のように残っていく。
その時間だけは、森は静かだった。
だが今日は違う。
少し前から、もう一つの気配が近くにあった。
ガルゼインの拳が岩を砕き、乾いた音が森に響いた。
視線はラグナードではなく、シロだった。
シロは一歩も引かない。
「この子は危険じゃない」
ガルゼインは静かに言う。
「関係ない」
シロの耳がぴくりと動く。
それでも退かなかった。
「ラグは何もしてない」
ガルゼインは答えない。
ただ冷たい目でシロを見ていた。
その瞬間、ラグナードは初めて気づく。
シロが、いつも立っている場所と違う。
ラグナードと、ガルゼインの間にいる。
そして、その“違い”が何を意味するのかは、まだラグナードは知らない。
だが、シロは一度もそこから動かなかった。
