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さよならを教える♯1 ∴ さよなら、ショウイチ

彼は物凄い勢いでまくし立て、みずからの正当性を主張した。「ヤヨイさんがそう思っているだけで、自分にそんな意図はなかった」といった内容の後、自分の言動を正当化するために、私の理解不足や知識の欠如を指摘し、論破しようとした。その敵対的な態度は私にとって大きなストレスで、不愉快だった。私は冷静に言った。「これが二人が言葉を交わす最後の機会になる。最後くらい、人の話を聞いたらどうだ?」

彼は一瞬びくりとし、押し黙った。さっきまで顔を真っ赤にして自己主張を捲し立てていた彼は、急に言葉を飲み込むようにしてこちらを伺った。

「普通、別れの言葉なんて言わない。不愉快な相手とは黙って離れる。でも、俺たちは10年の付き合いだ。最後に、俺が贈れる精一杯のギフトをあげようと思ったんだよ。ショウイチさんはこれからも色んな人と出会うだろう。もし、人から好かれないと感じたり、好きな相手が自分から離れていくと思ったとき、俺との会話が役立てば良いなと思ってね。」

彼は黙って下を向いたままだった。私は続けた。「今言ったことは初めてじゃない。これまで何度も伝えて来た。それでも、ショウイチさんは変わらなかったし、同じことを繰り返した。俺は、ショウイチさんと話すたびに不愉快な気持ちになる。特に、よく言う『ヤヨイさんには分からないと思うけど』という台詞。相手を見下して、自分が優れているとアピールするその口癖を聞くたび、自分自身もそんな言葉を誰かに言ってしまうんじゃ無いかと心配になる。それが怖いんだ。俺は、人から嫌われるような言葉を吐く人間になりたくないからね。」

最後に、私は彼に伝えた。「もしかしたら、また何処かで会うことがあるかもしれないけど、普通そんな事は無いだろうから、これが最後だ。ショウイチさん、どうかお元気で。」

そして、「今までありがとう」と付け加えようとしたが、その言葉だけは言えなかった。感謝する要素がどこにも見当たらなかったからだ。もし「ありがとう」と言えば、それは嘘になってしまう。私は彼に感謝していないし、憎んでもいない。ただ、彼が煩わしくなっただけだった。

これが私の、彼との最後の思い出だ。



愛していれば、そばに居たいと思う。憎んでいれば、復讐の機会を伺う為に最低限の関係を続けようとする。感謝していれば、お礼をするために関係を保つだろう。でも、彼にはどれも当てはまらなかった。ただ、道端に転がる石ころが喋り出して、あれこれと要求してくるのが煩わしくなり、遠くへ投げ捨てたような感覚だった。

まさに「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」だという言葉の通り、彼に別れを告げることすら面倒に感じた。だから、黙って彼からの連絡を拒絶し、接触を一切断った。そのまま居なくなった存在として忘れてしまおうと思ったが、天涯孤独で哀れな人生を歩む彼に対して慈悲のような、かすかな同情が芽生えた。私が急に蒸発して姿を消したら、察しの悪い彼の事だ。心配するかもしれない。それでも彼に「サヨナラ」を伝える気にはなれなかった。彼と会話すると思うだけで不愉快な気分になる。

普通なら、『絶交』静かに一切の関わりを断つ事で彼との物語は終わるだろう。だが、私は生粋の小説家でアーティストだ。最後に別れの言葉を伝え、彼がどんな反応をするのか、自分の心境にどんな変化が訪れるか味わってみたいと感じた。この苦痛を伴う別れという実験を試みる事は、彼の為にもなるし自分の為にもなると思い直した。そして私は二度と話したくないと思っていたショウイチに、最後の接触を試みることにしたのだ。



続く。

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