さよならを教える♯2 ∴ ショウイチのプロフィール
ショウイチは、日に日に薄くなりつつある髪の毛の半分が白髪で覆われた、終わりかけた中年の男だった。私より一回り以上年上で、眉間には深いシワが刻まれている。こけた頬には吹き出物が目立ち、顔全体が薄黒く不健康そうに見えた。その目はまるで死んだ魚のように輝きを失い、何かに怯えているかのような印象を与えるが、口を開けばいつも「喧嘩自慢」が口癖だ。自分は強く、格好良く、頭が良いと思い込んでいるのだが、その言動や外見には、大多数の人が不快に思う要素がぎっしり詰まっていた。
思春期に誰かから愛されたいと感じた人なら、努力して自己鍛錬で改善するであろう負の部分をそのまま増幅し、堂々と前面に押し出しているかのような存在だった。その見た目からは、他人からどう思われようと一切気にしない、まるで世間の価値観を超越したマイノリティーの極みに達した人間だと、誰もが一目で感じ取ることができる存在だった。
しかし、彼の外見以上に、人を遠ざけてしまうのはその物言いだった。話を始めるときは、まるで相手を試すかのように、少し高慢な調子を漂わせ、細かい知識を並べ立てる。自分を良く見せて褒めてもらおうと必死になり、一言一言を無駄に偉人の言葉のごとく重たくする。その癖が、聞いてる側には嫌味に聞こえたり、まるで侮辱されているかのように感じさせていることに、彼は気づかない。結果として、周囲の人々は静かに距離を取っていく。
彼は、自分を知識人であり、喧嘩にも強く、絶対に正しい存在だと信じ込んでいた。彼と関わる者は、まるで彼を王として崇め、ひれ伏すことが当然だと考えているかのように接することを要求される。まるで、わがままを許された幼児がそのまま年を重ねたかのように、傍若無人に振る舞い、何の我慢も出来なければ、しようともしない男だった。
普通に生きていれば、一生関わることもなかっただろう人物と接点を持ったのは、彼と同じように自己愛の強い、自己中心的な男がきっかけだった。その男もまた、ショウイチと同じように、威張った物言いで自分を大きく見せ、誰かに褒められることを心の底から渇望している扱いやすい男だった。彼は、とりあえずおだてておけば機嫌が良くなる存在で、私にとっては安心できる相手だった。
そんな、決して自分に危害を加えてこない取り巻きの一人として都合の良い存在だった人物が、面白半分で私に紹介したのがショウイチだった。新種の生物や、新しい玩具を見るのと大差ない感覚で、彼と接してる内に、ショウイチは私に心を開いて行った。
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ある時、都内から程遠い彼の住む実家に招かれた事があった。足腰が立たない如何にも世間に文句ばかり言ってそうな顔に鬼の形相が刻み込まれた爺さんと、孫の介護に疲れ切った優しそうな老婆の3人で暮らしていた。
その時にお茶を飲ませて貰い、「どうかショウイチをよろしくお願いします」と頼まれた事は印象に残っていた。私は自分なりにショウイチとの関係を続けてきたが、さすがに限界を感じ、ついに縁を切る決断をした。これだという明確なきっかけがあったわけではない。ただ、私が彼のために尽力し、彼がそれに甘えて傍若無人に振る舞うという、互いに良くない関係が、あまりにも長く続いてしまっただけだ。最後に、私が彼と決別して去ることこそが、彼のためにできる唯一のことだと感じたからだった。
その後も、彼からの連絡は続いたが、ほとんどが「婆ちゃんと喧嘩した」「爺ちゃんに怒鳴られた」など、家族とのいざこざや愚痴、嘆きばかりだった。
彼は数十秒ほどの短い愚痴を一方的に喋り出し、私が状況を詳しく聞こうとしてもほとんど答えなかった。ただ、彼が求めていたのは、状況の共有ではなく、自分が被害者であることを主張し、慰められ、可哀想だと思ってもらいたいだけだった。「よく我慢したね」と褒めてもらうためだけに私に連絡してくる。私はまるで優しい母親のように彼を慰め、暖かい言葉をかけ続けた。
もし彼が本当に自分の子供だったり、愛しい恋人であったなら、そんな役割も苦なく引き受けられただろう。だが、相手は醜い初老の中年男性だ。これが銀座の高級クラブのママなら、シャンパンの一本でも注文してもらわないと、到底割に合わない仕事内容だ。それにも関わらず、無償でこの奉仕活動を続けていたのは、ひとえに彼に対する、ある種の愛情からだった。
初めは、ただ物珍しさと、小説の題材に使えそうだという興味で彼と接していた。彼のような人間が、幸せな人々を妬み、やがて社会に対して憎悪を抱き、事件を起こすのではないかという不安もあった。だからこそ、私は彼を観察し、心の闇をどうすれば晴らすことができるのか模索した。そして最終的に辿り着いた答えは、私が彼にとって「最高に心地よく都合の良い聖母」として彼を支え続けることだった。無償の奉仕を続け、いつか逆恨みして牙を向けるかもしれない危険な存在を、愛し続けることでしか彼の精神の安定を保つ手段はないと感じたのだ。
彼は誰も愛することができず、ただ自分を、ありのままで愛してくれる、理想の優しい人との出会いだけを渇望している愛情に飢えた獣だった。もし彼が、誰かを本気で愛し、その人のために必死に努力したならば、いつかその努力が報われ、愛される日が訪れたかもしれない。しかし、何の行動も起こさず、ただ奇跡を信じて他人の好意に甘えるだけの貪欲な物乞いに、私が恵んでやれるものは何一つなかった。せいぜい、遠くからそっと彼の幸運を願うことが、私にできる精一杯のことだった。
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ある日、ショウイチからの電話が何度も鳴り響いた。しつこいほどの着信に、忙しい合間を縫ってようやく電話を取ると、彼は嗚咽交じりに「叔母さんと喧嘩したんだ」と言い、どうしても今すぐ会ってほしいと懇願してきた。気が進まなかったが、しつこさに根負けし、結局彼の願いに応じることにした。
「仕事が終わったら鶯谷で会おう」と伝えた。約束の時間が近づくにつれ、私の胸に広がるのは嫌悪感だった。ショウイチは何度もこうして私に連絡してきては、ただ自分の不幸をぶつけ、慰めを求めるだけだった。彼の話を聞いてやる度に、私は少しずつ自分の心がすり減っていくのを感じた。
その日、私は同僚の女性と上司の三人で仕事の打ち合わせをしていた。打ち合わせの最中、ショウイチと会う約束があることを話すと、なんと皆が一緒についてきてくれることになった。私自身、ショウイチと二人きりで会うのはすっかり嫌になっていたので、他の人が間に入ることで彼との関係に何らかの変化が有るかもしれない、と淡い期待を抱いていた。
上司は少し仕事が残っているため、後から合流することになり、私は女性の後輩と二人でショウイチとの待ち合わせ場所に向かった。事前に彼女も同伴することをショウイチに伝えていたにもかかわらず、現地に着くと彼はいつもとは異なり、顔を真っ赤にして私を睨みつけていた。
彼は開口一番、まるで自分がこの世の支配者であるかのような高圧的な態度で、「俺はコーヒーが飲みたい!俺を怒らせるな」と言い放った。明らかに苛立った様子で、駅近くにあるカフェへ行こうと遠回しに命じてくる。私はコーヒーなど飲みたい気分ではなかったし、何より彼の要求に応える理由はどこにもない。むしろ、無理をして彼と会ってやっているのはこちらの方だ。
「コーヒー飲みたいなら自販機で買うか、一人で飲んできたら?」私は冷たく返し、その横で戸惑っている同僚の女性に「こういう奴なんだよ」と詫びた。
彼女は呆然とした表情を浮かべ、まるで未知の生物に遭遇したかのように驚き、恐怖心さえ感じたようだった。最低限の挨拶を交わした後、彼女は私の背中に隠れるように一歩後ろへ下がった。
ショウイチは、彼女の反応など全く気に留める様子もなく、苛立った顔で舌打ちをしながら一人で自販機に向かった。そこで、砂糖漬けの身体に悪そうな缶コーヒーを買い、まるでストレスを一気に流し込むかのようにグビグビと飲み干した。そして、「これからどうするんだ?」と不機嫌な声で私に尋ねてきた。
私は、もうこれ以上彼の機嫌を伺うのも面倒になり、「上司お薦めの安い焼き鳥屋が近くにあるらしいから、良かったらそこに行かないか?」と提案した。ショウイチは仏頂面のまま無言で頷き、終始苛立った態度で肩をいからせながら、私たちの後をついてきた。その姿は、まるで怒りに任せて自分の存在感を誇示しようとしているかのようで、こちらの気分をますます重くさせた。
