見出し画像

欺瞞 ーこれからの私へー

前回からの続きとなります



欺瞞


考え続けた3年間
師匠から、カウンセリングの序盤に言われたことを思い出す


「あなたは、人に甘えたいんですね」


その時、私が感じたのは


「なんて未熟な人間なんだ」

そして

「なぜ、カウンセラーに攻撃されないといけないんだ」

でした。

シンプルです
「図星だったから」
腹が立ったんでしょう

自分自身への
攻撃が、師匠へ向いたのだ

一切の甘えを排除した関係
リードしていく関係

そして

この10年の答えは
私が甘えている、甘えたいくせに
甘えを自分で認めることができない


その

欺瞞


招いた結果だ






ダブルバインド、と言う言葉がある
子どもが抱き着きに行きながら
顔は安心していない

このように、矛盾した反応を
相手に送ることだ。

私がやってきたこともこれだ。

「甘えたい」という果てない欲求がありながら
「甘えてはならない」という思考による




「支配」





節々の行動に
言葉に

これがにじみ出ていた
だから、彼女を混乱させた

「溝」を作っていたのは
他ならない



私自身


だった。

そして


私が、「私」との間
「溝」を作っていたのだ。

3年間、考え続けて
今は、この仮説に至っている。




育ちによる「支配」



私が甘えられない環境にいたことは
以前に記事でもお伝えしました。

赤ん坊の頃に亡くなった母
家庭を放任してきた父
認知症で話が通じにくい祖母、祖父
いじめによる傷つきで暴れまわる姉

「完璧」を演じれば
「普通」の家庭を築ける

私は思っていた
あこがれてもいた


そうできる人も
いると思う。

でも、私は違った。
「私」がそれを赦さなかった
赦せなかった。


そうして演じきって得られたものに
「私」が、ビビっていた
「とてもじゃないけど、続けていくのは無理だと思う」
どこかで、声を出していた。


「どうか、甘えたい私に気づいて」
彼女に求めていた。

言葉にしないでも、絆が伝わるはず
そうして、不器用に接して
誤解を招き、傷つき、傷つけている









恨んだ時もあった、
そのものの姿ではないか





なんと滑稽なことか




これからの私へ


では、もう希望はないのか
このまま、また「完璧」を演じるのか
三十路を過ぎて「甘えん坊」に振り切るのか
その欺瞞を自分の中で「なかったこと」にするのか

そうじゃない
そうじゃないはず

少なくとも、今、こうして言葉にして綴ることができている
それは、父とは違う

妻を亡くし
父を亡くし
母を亡くし
仕事を失くし
娘の希望も失くした

あの頃の父の
絶望
今の私の辛さは違う

あの人の冷たさを「私」は忘れていない
姉からの暴言と脅しに
本当に辛い時に

「しょうがないなあ」で済ませた
あの瞬間を忘れていない

甘えが排除された瞬間を
「自分で何とかしないといけない」と
他者への信頼を失った瞬間を

幽体離脱したかのように
世界に色がなくなった瞬間を
心が心から、冷たくなった瞬間を



だけど




今の私があるのも


そんな


絶望に耐え続けた不器用な父と


静かで癒しをくれる耳の長い同居人と
感情をくれた仕事仲間や皆さん、
クライエントさんたちと
支え続けてくれた友人と
連れ添ってくれた彼女と
絆をくれた姉と
子育てする気力なんて消えかけていたのに
頑張ってくれた祖父、祖母と



名前をくれた母のおかげだ



甘えたい



甘えてはならない



相反する気持ちを自覚して
素直に、表現していきたい

その矛盾ともいえる
人間らしさを
難しさを理解できる人とであれば


きっと私なりの家庭を築けると思う

そしてまだ見ぬその人を
私も、理解したいと思う

それは「普通」ではないかもしれない
辛いこともあるかもしれない

だけど、それでいい



それがいい



その欺瞞ごと抱きしめたい
それが私なりの「愛」だと思う










この季節になると、少しセンチメンタルな気持ちになる。

言葉はないけれど

また、姉や父に贈り物をする
姪にはお年玉を


それが、私の「家族」

それが、私の「絆」

それが、私の「愛」




おじいちゃん


おばあちゃん


母さん





また、お墓参りに行くね



























いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集