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食後の関係 第十四話

実里にいい案が浮かばないまま、再び春が巡ってきた。
陽子と付き合い始めて一年が過ぎた。そのあいだに、ちょっとしたデートのようなこともした。公園、海辺、ショッピングモール、美術館……。それはいつも陽子からの提案だった。実里にはデートの経験がなかったし、陽子が楽しめるような場所もわからなかった。陽子との時間が増えるごとに自分のつまらなさを痛感し、情けなくなっていった。
それでも陽子への感情が薄れることはなかった。それどころか、今でも日に日に膨れ上がる感覚さえある。

月影堂の閉店後、陽子に公園までの散歩に誘われた。まだ夜の肌寒さが残る中、木の枝に座った蕾は立ち上がり始めていた。
実里と陽子は満開の桜に包まれた一本の木を見つめた。
「綺麗ね」
陽子はそういって笑った。
電灯に照らされた陽子はあまりにも美しく、桜は彼女を引き立てる小道具になり果てているようにすら思った。
「はい。でも、陽子さんの方が綺麗です」
実里は思わず口づけをしたくなった衝動を言葉に変えた。ここでキスをしたら、そのまま我慢できなくなる気がした。
陽子の頬が背後の桜と同化した。
「もう……。そういうのはいいから」
陽子は実里から顔を背けて地面をじっと見ると、少しだけ唇を尖らせた。
一年間付き合って一つ意外なことを知った。陽子は照れ屋で、少し子供っぽいところがある。
月影堂で陽子に声をかける男性客は例の客だけではなかった。けれど陽子はいつもさらりとかわしていた。だから私生活でもこのような言葉に動揺することはないと思っていた。実際は今のように、冷静でいられなくなることがよくあった。恥ずかしさのあまり、実里の肩を軽く叩いたこともある。
実里よりも長く月影堂に通う人たちでも、この姿は知らないだろう。そう思うと実里は少し嬉しくなった。

梅雨に入ったころ、実里の編集部に数枚のファックスが届いた。
それを見た編集長は奇声としか思えない声を上げた。それはある芸能人二人からの連名の結婚報告だった。二人は華々しい容姿と優れた演技力で知られていた。スキャンダルとは無縁だったこともあり、その人気は爆発的なものがあった。編集長は彼らの最初のスキャンダルをあげたいと躍起になっており、取材や張り込みに力を入れていた。
それなのに、このスクープをものにできなかった。
おそらく週刊誌はどこも似たようなものだっただろう。結婚どころか、二人に私的な繋がりがあることさえ、スクープできた雑誌は一つとしてなかった。スクープを逃した各誌は、二人の出会い、共通点、栄光のキャリアなど後追いにしかならない話題を必死にかき集めた。
実里の編集部では、婚約指輪の予想記事を出すことが決まった。
二人のあいだで婚約指輪が贈られたかも定かではないのに、おかしな特集だと実里は思った。そもそも人様の指輪やその価値を知ることになんの意味があるのだろう。
でも、そのような人々の好奇心のおかげで実里の仕事が成り立っているのだと思うと、苦笑するしかなかった。実里が元々志望していた文芸にしても「誰かの人生を盗み見るような嗜み」とはよくいわれる。誰かを探求したいという気持ちは人間の普遍的な欲求なのかもしれない。

ゲラにある指輪の商品カットと情報に誤りがないか、参考資料と照らし合わせる作業が続いた。昼休みになり、実里はいつものように適当に買ったおにぎりを食べ始めた。そして、今しがたまで目を凝らしていた無数の指輪の写真を思い出しながら、ぼんやりと考えた。
陽子だったら、どんな指輪が似合うだろうか。
料理をする人だから、大きなダイヤモンドがついた指輪や凝ったデザインは避けた方がいい気がする。陽子の部屋には無駄なものがなかった。服装もアクセサリーもシンプルなものを好んでいるようだし、指輪も——。

ぼやけていた映像は、ゆっくりと鮮明になっていった。

#創作大賞2025 #恋愛小説部門

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