【小説・ヴィーナス症候群】[649]フフン賞
東京と埼玉の境界あたりにある義肢メーカー・サイセイ義肢には、その日ひとつの取材が入っていた。
雑学系Webメディア「ナレッジノート」なのだという。
トルソーさんの割出結菜がそれを聞いて言った。
「ああ、ナレッジノートって聞いたことあるかも」
義肢装具士の碓氷がうなずく。
「筋電測定装置を取材したいんだってさ」
「へぇ」
程なくしてナレッジノートのライターがやって来た。
「今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
挨拶もそこそこに、ライターはノートを開いた。
「筋電義手って随分発達してますよね。いつだったか政治家さんが『義手を付ければ健常者と同じだというなら障害者等級を下げろ』なんて話もありましたね」(第48話)
碓氷は少し苦笑する。
「まあそこは技術者冥利というか……。ただ、実際そんなことされたら個人負担が増えて、庶民には手の出るものじゃなくなりますけどね」
「でも、使いこなせるようになるまでが大変だと聞いたことがあります」
「そうなんです。筋電義手は残存した筋肉の電位を読んで動くものです。だから最初の電位測定ってのが大変で、職人技なんですよね」
ライターは目を輝かせた。
「今回はそれを取材したいんです。知ってれば友達に『フフン』と威張れる豆知識、『フフン賞』という企画をやってまして」
碓氷が結菜の方を見る。
「じゃ結菜ちゃん、よろしく」
「どうすればいいですか?手を上げる動作とか?」
「そうそう。まず左手から」
結菜は椅子に座ったまま軽く胸を張る。
「はーい。では左手上げてまーす」

肩に貼られた電極から伸びたコードが測定器につながっている。
その瞬間、計器の数字がぴくりと動いた。
ライターが感心したように声を上げる。
「おお……」
碓氷が説明する。
「まあ結菜ちゃんぐらいの年齢になるとそれほどでもないんですけど、成長期なんかは大変なんですよね」
結菜も思い出したように言う。
「そうそう。私は金沢だったから大学病院にそういう設備あってよかったけど、富山とか福井から来てる子もいましたね」
「へえ〜」
その様子を、ライターはカメラで撮り始めた。
カシャッ。
カシャッ。
しばらくして結菜が少し困った顔をした。
「あの、ところで」
「はい?」
「写真撮ってもらうのはいいんですけど、こっちもスカートで座ってるんで、そんな正面から撮るのはやめてもろて……」
碓氷が横から茶々を入れる。
「サービスじゃね?」
「いやいや、そんなつもりは……」
ライターは慌ててカメラを下げた。
「失礼しました」
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