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【小説・ヴィーナス症候群】(48)改革に挑む青年議員・守旧派と対峙する

霞が関・議員会館 第三面談室

(20XX年4月下旬・午後)

「今日はお時間いただき、ありがとうございます」

守実徹が会釈しながら資料をテーブルに並べる。地味なチェックのジャケットに布製の鞄。元市役所の福祉課長で、現在はヴィーナス児の当事者団体「コルチカムの会」の事務局長だ。

対する五条誠司は、紺のスーツに身を包み、背筋を伸ばして座っていた。
改革を掲げる若手議員として、厚労省の閉塞感を打ち破ろうと日々走り続けている。

「いえ、こちらこそ。現場の声を聞けるのは、ありがたいです」

五条の声には、期待と関心がにじんでいた。


「まずは、等級制度の現行基準について確認させてください」

守実が資料を指差す。

「“両上肢の用を全く廃したもの”が1級です。けれど、ヴィーナス症候群のように“構造そのものが存在しない”ケースでは、測定自体が成立しない。そこに制度の限界があります」

「……でも、それでも生活できてる人がいる、って話ですよね?」

「“支援があるから生活できている”という人たちです。“できているから支援はいらない”というのは、順番が逆なんです」



五条は、資料には目を通しつつも、視線を守実に向けて言った。

「でも、制度って、“一律”じゃないと運用できない部分もあるじゃないですか。
技術が進んで、“できること”が増えてきたら、その分、支援をスライドさせる考え方も必要だと思うんです」

「……それが全体に通用する話であれば、です。
今、“義手が使える”といっても、学校で使えない、バッテリーが持たない、訓練が足りないという子が多い。
制度を動かすには、平均ではなく最小値を見る必要があるんです」



五条は一瞬だけ黙ったが、すぐに口を開いた。

「でも、今は“先にできた1人”の背中が、後の10人の背中を押せる時代です。
支援の“卒業”は、本人の尊厳にもつながると思ってる。
僕は、“できない前提で守る制度”から、“できることを増やす制度”に変えたいんです」



守実の視線が、ふっと鋭くなった。

「……先生、それは、“義手をつけられない子どもたち”の声を、聞いた上での発言ですか?」

「もちろん、全部わかってるとは言いません。でも、“今できている人”を1級にとどめておく理由にはならないと思うんです」



守実は少しの間、何も言わなかった。やがて、静かに口を開いた。

「その程度の認識で制度に手をつけるのは、危うい。
先生が制度の本質をまだ捉えきれていないなら、私は“見直すべきだ”とは言えません」



しかし五条は、むしろその言葉に確信を深めたようにうなずいた。

「分かりました。僕は、制度を“守るために止まる”つもりはありません。
“変わることで守れるもの”があるなら、僕は動きます」



守実は何も言い返さず、ただ資料をまとめた。

「……本日はありがとうございました。資料は置いていきますので」

一礼し、部屋を出る守実の背中を、五条は真っ直ぐに見送っていた。

彼の中で、“現場の声”は確かに聞かれた。
だが、“だから変えられない”という論理は、彼にとってもう、選択肢ではなかった。

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