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【小説・ヴィーナス症候群】(187)ナンパ男連続殺害・食人事件の記者会見

第1章 警視庁・山梨県警の合同記者会見

午後八時。警視庁の会見室には、テレビ局各社のカメラがずらりと並び、記者たちが黙々とノートパソコンを構えていた。
場内の空気は重く、誰もが「ただの山の遺体発見」では済まないことを察していた。

壇上には長机が置かれ、左手に警視庁捜査一課の管理官、右手に山梨県警刑事部の次長が座る。
机の前には、それぞれの肩書を示すネームプレートが整然と並び、マイクが二本、赤いランプを灯していた。

広報官が一歩前に出て、事務的な口調で会見の開幕を告げる。

「本日は、山梨県大菩薩峠で発見された白骨遺体に関連し、現在警視庁で拘束中の被疑者との関連について、警視庁および山梨県警より説明させていただきます。
まずは山梨県警から報告いたします」

入れ替わるように、山梨県警の刑事部次長が立ち上がった。背筋は伸び、声に濁りはなかった。

「山梨県警では今月上旬、都内の動画配信者が公開した投稿において、“昨年秋に、大菩薩峠でキャンプの誘いを受けた”という証言があったことを受け、同エリアの捜索を実施しました」

数名の記者が顔を上げた。その動画は既にSNSで注目されており、ネットニュースにも転載されていた。

「捜索の結果、甲州市の大菩薩峠斜面において、焼損した寝袋、炭袋、金属製の調理器具類、そして白骨化した人骨を発見しております。
司法解剖およびDNA型鑑定の結果、遺体は東京都在住の男性・土田雄斗(27)さんであると判明しました」

どよめきが走る。

「土田さんは、動画投稿サイトでは“ぱんつっち”の通称で知られ、過激な迷惑系コンテンツを投稿していた人物であり、昨年9月以降、所在不明となっておりました」

次長は一拍置き、記者たちのペンが走るのを待つように言葉を区切った。

「なお、現場の遺体には火による損傷が著しく、一部の骨には鋭利な刃物による切断痕が認められます。
所持品の状況と損壊の形状から、意図的な焼損と死後の遺体損壊があった可能性が高いと見ております」

記者席の一部で手が挙がったが、司会の広報官はそのままマイクを警視庁側へ渡した。

管理官は書類を一枚確認し、正面を見据えて話し始める。

「警視庁においては、現在殺人および死体損壊容疑で拘束中の被疑者・桜水真依(24)について、本件に関連する供述を確認しております」

「被疑者は、昨年秋、大菩薩峠でソロキャンプをしていた際に、男性から声をかけられ、不適切な発言を受けたとし、“強い嫌悪感と怒りを覚えて、その場でナイフで刺した”と供述しております」

記者席の数人が目を見開いた。

「被疑者の説明によれば、遺体を焚き火で焼却し、その過程で脂の香ばしさを感じ、興味本位で一部を口にしたと述べております。
焼損状況や遺体の切断痕と、供述との整合性については、現在慎重に裏付け捜査を進めております」

すぐに質問が飛ぶ。

「記者:具体的な“発言”とはどのような内容だったのでしょうか?」

管理官は言葉を選ぶように、少しだけ表情を引き締めた。

「供述中には“性的な意味合いを含む軽率な言葉”を受けたという記録があり、被疑者はそれを強い侮辱として受け取ったと話しております。
しかし、発言の具体的な文言や被害者の真意については、引き続き調査中であり、現時点での開示は控えさせていただきます」

「記者:一部報道にある“先っちょだけ”という表現は事実ですか?」

管理官の声に変化はなかった。

「該当の文言が供述中に含まれていたことは確認されています。ただし、それが実際に発言されたかどうか、またそれが殺意を誘発した直接的要因であるかどうかは、慎重な検証が必要です」

質問はさらに続いた。

「記者:秩父の事件との関連性は?」

「当庁にて先に逮捕・送検済みの秩父市の事件においても、被疑者はキャンプ中に男性からしつこく声をかけられ、所持していたナイフで刺したと供述しています。
さらに“遺体を焼いた”“空腹だった”など、動機および行動パターンにおいて複数の共通点が確認されており、現在、連続的な犯行である可能性を前提に、山梨県警との合同捜査を進めております」

「記者:秩父の件では、“中年の肉はまずかった”と発言したとありますが?」

「被疑者の供述の中に、そうした表現が含まれていたことは事実です。ですがその発言の意図、精神状態、また供述全体の信ぴょう性については今後の慎重な審査が必要であると認識しております」

「記者:精神鑑定の予定はありますか?」

「現時点では未定です。ただ、供述の一部に極端な感情反応や逸脱的な言動が見られることから、鑑定の必要性については検討に入っております」

広報官が再び前に出た。

「以上をもちまして、本日の記者会見を終了いたします。捜査の進捗に応じて、今後必要な情報は改めて発表させていただきます。ご協力ありがとうございました」

フラッシュが一斉に光り、机上のマイクの赤いランプが静かに消えた。

第2章 その「都内の動画配信者」

再生回数は500万回を突破していた。
コメント欄はすでに読みきれず、「尊敬します」「勇気ある発信ありがとう」などの言葉に紛れて、
「お前が火をつけた」「障害者を盾にするな」「またフェミかよ」「売名乙」
といった罵声が、延々と流れていた。

麻帆は、目の焦点をスマホに合わせるのも億劫だった。
まるで、画面の向こうに誰かの手があって、こちらの胸をぎゅうっと握り潰してくるような──そんな重さが、身体の奥にこびりついていた。


自分が悪いわけじゃない。
彼女はそう思っていた。思っているつもりだった。

でも、事件を“動かしてしまった”のは自分だ。
結果的に、ぱんつっちが白骨で見つかることになり、ニュースでは名前も出され、ネットでは顔写真と一緒に拡散され、自分の動画は炎上とバズりのあいだを行き来している。

精神的には、もうどん底だった。

布団から起き上がる気力もないまま、麻帆は仰向けに寝転び、天井の暗がりを見つめていた。
腕がないため、スマホは床に置き、鼻先で画面を点灯させる。
コメント欄を開いたが、すぐ閉じた。あの空間に意志を持って潜る勇気はなかった。

そんな時だった。
LINEの通知音が鳴った。

それは公式アカウントではない、知り合いからの音だった。
LINEは、ごく親しい相手にしか教えていない。

誰だろうと思いながら、画面をのぞく。
送信者の名前を見た瞬間、麻帆は身体を起こしかけて、やっぱり起き上がれず、そのまま床のスマホを見つめた。

「はたご」──旅系YouTuber。

少し年上の、気風のいい女だった。
配信では常にサバサバしていて、コメントも一切荒らしを許さない。トークは冴え、企画力もある。再生回数はそれほど派手ではないが、妙に業界人ウケのいいタイプ。

LINEにはこうあった。

《てんてんから落ち込んでるって聞いたよ》
《YouTuberがそんなことで落ち込んでどうすんの?》
《逆手にとってネタにするくらいの根性見せなきゃ》

麻帆は噴き出した。
さすがだな、と思う。今、誰よりも“配信者らしい”言葉をくれるのが、この人だった。

麻帆は鼻先で音声入力を起動し、短く呟いた。

「ハタゴ姉さんみたいにメンタル強くないっス…… 単なるアル中のカタワ女ですよ、私なんか」

少しして返信が届いた。

《てんてんとかキラちゃんとかと話し合って》
《みんなで“ぱんつっち追悼企画”やんない?ってことになったんだけど》
《麻帆ちゃんも出ない?》

追悼企画?
あの男の?

一瞬、眉をひそめたけれど──
麻帆の中のもう一人の自分が、にやりと笑った。

「面白そうかも」

そう返すと、すぐに既読がついた。

《でしょ?😊》

麻帆は、肩のない両腕の付け根を少しだけ動かして、仰向けのまま天井を見つめた。
まだ怖い。まだ何かがずっと痛い。けれど──
たしかに今、このLINEの通知だけは、ちょっとだけ、あたたかかった。


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#金目麻帆

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