見出し画像

【小説・ヴィーナス症候群】[746]勘当ガイドブック

戸頭紬は、高速バスの窓にもたれていた。
生まれつき両腕のないヴィーナス児で、アパレル業界で試着モデルとして働く、いわゆる「トルソーさん」。
東京での仕事を終え、茨城の実家へ帰るところだ。

インターチェンジで降りると、空気が少しだけ乾いていた。そこからローカル線の筑波参宮鉄道に乗り換える。

ちょうど新治市方面とは逆方向の土浦行きが発車するところで、50年以上走っている古いディーゼルカーが汽笛を鳴らし、のろのろとホームを離れていった。

紬の地元・新治市は、「新治の金正日」と陰で呼ばれる市長・鮏川泰然と、「新治の金正恩」と揶揄される商工会青年部長・鮏川泰斗の親子が牛耳っている。(本編484
だが最近、その親子の関係が急激に悪化しているらしい、という噂を紬は東京でも耳にしていた。

原因は単純で、しかし面倒だった。
泰斗が、叔父――つまり泰然の弟が経営する建設会社で部長職にある立場のまま、勝手に筑波参宮鉄道のBRT化を進めたというのだ。
東京のコンサルが「三陸や九州でも成功してます」と入れ知恵し、さらに筑参の社長自身が普段から「新治市から先は廃止したい」と漏らしていたこともあって、泰斗は一気に踏み込んだらしい。
廃止が実現し、バス専用道路の整備を一手に受注できれば、叔父を出し抜いて社長の椅子に座ることもできる――そんな計算だった、と。

しかし当然、そんな話が通るはずもなかった。
父である市長の泰然も、筑参の社長も、揃って同じ反応をしたという。
「一体誰に断ってそんな話をしてるんだ?」

結果として、あのプライドが筑波山どころかエベレストより高い泰然が、弟である建設会社の社長と並んで、筑参の社長に頭を下げる羽目になったらしい。

それでも当の泰斗は、まったく堪えていないという。
「国土交通省のガイドラインに従ってやってっぺ。何も問題ねっぺ」と息巻いているらしいから、手に負えない。

ついに泰然も堪忍袋の緒が切れた。
「何が国交省のガイドラインだ!勘当ガイドブック持って来い!」と、庁舎中に響くほど怒鳴った、という話が回ってきている。

遠くで、裏筑波市行きの汽笛が聞こえた。
さて、乗る準備をしよう。

(886文字)
#AI小説 #小説 #ヴィーナス児 #ヴィーナス症候群 #近未来小説
#戸頭紬 #筑波参宮鉄道
#毎週ショートショートnote #勘当ガイドブック

いいなと思ったら応援しよう!