【小説・ヴィーナス症候群】(416)「怒りと悲しみと抵抗のミニスカート」出版記念シンポジウム
第1章 コルチカム事務局
神田の雑居ビルの三階。小さな看板に「コルチカムの会」と掲げられた事務局は、午後の光に照らされていた。壁にはサマーキャンプの集合写真や、若い会員が描いたポスターが並び、机の上には新聞の切り抜きが山積みになっている。
すべては庄戸正人のショートショートに出てきた一語から始まった。
――「パート・アンドロイド」。
生まれつき両腕のない女の子の義手をそう呼んだその表現は、当事者を機械に準える侮辱として瞬く間に炎上し、連日ワイドショーやSNSを騒がせた。
当事者団体「コルチカムの会」は声明を出し、「私たちは機械ではなく人間だ」と訴えた。(第370話)
だが波紋は収まらず、庄戸は断筆を余儀なくされた。(第388話)
その後に始まった帝都新聞の特集連載「ヴィーナス児の声」は、社会にさらに強い衝撃を与えていた。
その出版局の担当者が、今まさに事務局を訪れている。
「単行本としてまとめることになりました。ただ……推薦文を書いてくださる方を探しているのです」
濃紺のスーツ姿の女性が深く頭を下げた。
場が一瞬、静まりかえった。誰に頼むべきか――名の知れた研究者か、文化人か。顔を見合わせる事務局スタッフの間に、答えはなかなか出なかった。
担当者は手元の資料をめくり、ためらいがちに言葉を続けた。
「ちなみに、仮タイトルは『怒りと悲しみと抵抗のミニスカート』と考えています。連載に寄せられた声の象徴として」

事務局に小さなどよめきが広がった。
「ミニスカート……」
「確かに、あの証言は強烈でしたね」
「怒りも悲しみも、そして抵抗も、みんな私たちのものだ」
そのとき、事務局員の階上つばさがスマートフォンを手に取り、きっぱりと言った。
「麻帆ちゃんに頼もうよ」
麻帆。YouTuberとして活動し、当事者としても自分の言葉で発信を続けている若い仲間。社会的影響力もあり、何より遠慮のない率直さがある。
「いいかもしれない……」
誰かがそう呟くと、事務局の空気が少し和らいだ。
つばさは短い文面を打ち込み、送信した。
──新しい本が出るの。推薦文、麻帆ちゃんにお願いしたい

数秒後。すぐに既読の印がつき、返事が返ってきた。
──いいよ!私でよければ全力で書く
「やっぱり麻帆ちゃんだ」
「これで背中を押してもらえる」
庄戸の言葉に泣いたあの日々が、こうして声となり、形になる。
神田の小さな事務局に、確かな希望が灯った。
第2章 出版記念シンポジウム
帝都新聞社ホール。開場前から長い列ができ、会場は報道陣と聴衆で埋め尽くされていた。壇上には横長のテーブルと並んだマイク、背後には白地に黒文字で大きく掲げられた横断幕が見える。そこには書籍のタイトルが鮮明に記されていた。
――『怒りと悲しみと抵抗のミニスカート』。
冒頭、編集局長が一礼して語る。
「本日は、帝都新聞連載『ヴィーナス児の声』をまとめた書籍『怒りと悲しみと抵抗のミニスカート』の出版を記念し、このシンポジウムを開催いたします。連載は新聞社としての社会的責任のもと始めたものですが、その一つ一つの証言が私たちに深く突き刺さりました」
会場は静かに耳を傾けていた。
次に推薦文を寄せた麻帆が登壇する。タンクトップにショートパンツ、サンダルといういつもの軽装のまま、片足で器用にマイクを支え直し、客席を見渡した。
「この本は、泣くだけじゃなくて、怒ってもいい本です。悲しみと抵抗は、どちらも私たちの声なんだって思いました」

続いて当事者の手記が朗読される。
「授業中に名前を呼ばれて泣いた。机に突っ伏すしかなかった」
「ミニスカートを履いて、生身の太ももを出した。ロボットじゃなくて人間なんだと示したくて」
その言葉は会場を静寂に包み、空気が固まるようだった。
彼女の率直な言葉に、若い聴衆が大きく頷き、記者たちが熱心にメモを取る。
研究者や弁護士がマイクを取り、「言葉の差別性」「メディアの責任」「社会の受け皿」を論じる。
その後、ファッション評論家の桐谷玲司が登壇した。
「ミニスカートは、単なる流行ではありません。1960年代、ロンドンのマリー・クワントが、そしてパリのアンドレ・クレージュがそれを打ち出したとき、それは“若い女性が活動的であること”を世界に示す象徴でした。動きやすさと自由、そして親世代への抵抗。それは単なる布切れではなく、社会へのメッセージだったのです」
桐谷は会場を見渡し、続けた。
「だからこそ、ヴィーナス児の皆さんが『自分はロボットではなく人間だと示すため』ミニスカートを履いたという証言は重い意味を持ちます。『人間なんだ』と示すための衣服。これは半世紀前と同じく、いやそれ以上に力強い“抵抗のファッション”なのです」
客席から大きな拍手が起こる。評論家の言葉は、ミニスカートを「怒り」「悲しみ」「抵抗」という本のタイトルと直結させ、聴衆の胸に響いた。
最後に司会が締めくくる。
「このシンポジウムは終わりではなく、始まりです。『怒りと悲しみと抵抗のミニスカート』という題名が示すように、私たちは声を重ね続けなければなりません」
会場から大きな拍手が湧き起こった。壇上の当事者たちは互いに目を合わせ、小さく笑った。
――声を出せば、社会は変わるかもしれない。
そんな確信が、ホール全体を温かく満たしていた。
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