【小説・ヴィーナス症候群】(199)追悼生配信
第1章 喪服で語る、その夜
タイトルは、静かに燃えるような白字でこう書かれていた。
「ひとりで山へ──“ぱんつっち事件”と向き合う夜」
#誰にも相手にされず #追悼配信 #あの夜のDM
生配信が始まっても、BGMはない。効果音もない。
映像は即座に切り替わり、喪服姿の4人が並んで座っている。
部屋の明かりは控えめで、照明は顔の陰影を意識した柔らかさ。
派手な背景はなく、画面の片隅にだけ「LIVE」の赤い印が光っていた。
「まず、事件の被害者であるぱんつっちさんに黙祷しましょう」
コメント欄が止まらず流れている中、全員が小さく頭を下げる。
1分間の黙祷が、音もなく始まった。
──しん。
コメント欄のスピードも落ちる。
「黙祷って…マジか」「🙏」「怖いぐらい静か」「ちゃんとやるんだ…」「🙏」
やがて、はたごが顔を上げる。
肩までの黒髪を結い上げた、旅系YouTuber。チャンネル名は《はたごの女一人旅》。
ふだんは温泉宿での独白や宿泊レポがメインだが、今夜はいつもの穏やかな旅の語り口とは違っていた。
「こんばんは。“はたご”です。
今日はいつもの動画とは違います。旅の話でも、おすすめの宿の話でもない。
“ぱんつっち事件”を受けて、YouTuberの私たちが、向き合うべきことを話すために集まりました」
右隣、ソロキャンプ系YouTuberのてんてんが、無言でうなずいた。
彼女のチャンネルは《てんとといっしょ》。焚き火の音をBGMに、ただ静かに自然の中で過ごす映像が人気だ。
いつもは言葉少なに、ひとり飯を作っては食べている。
だが今夜の彼女は喪服に身を包み、視線を落としたまま沈黙していた。
てんてんの隣には、料理系YouTuberの輝羅(きら)。
チャンネル《きらきらキッチン》で、明るくカラフルな料理動画を投稿している。
ふだんのテンションは「元気かわいいお姉さん」そのものだが、今日は表情も声のトーンも別人のように抑えている。
最後に映るのが麻帆。
障害者の日常や社会課題を語るチャンネル《Venus Diary》を運営している。
生まれつき両腕がなく、肩先から先が空っぽの身体を、隠さず映してきた。
今夜も、黒のタンクトップから露出したなめらかな肩先をそのままに、視線をまっすぐカメラへ向けていた。
チャット欄が静かにざわめき出す。
「あ、まほちゃん腕出してる…」「怖いけど綺麗」
「旅×キャンプ×料理×障害…それぞれ違うけど、同じこと言おうとしてる感じがいい」

はたごが口を開いた。
「ここにいる4人──私、てんてん、輝羅、麻帆──全員が、“ぱんつっち”からコラボやキャンプの誘いのDMを受け取ったことがあります。
どのメッセージも、見たときは“ありがち”だと思ってスルーしていました。
でも──その“ありがち”が、事件の起点でした」
てんてんがぼそっと言う。
「正直、“またか”って思ったもんね。コラボ男」
輝羅が少し笑いそうになって、すぐ真顔に戻した。
その表情の切り替えが、逆に慣れていることを物語っていた。
はたご:「今から、そのDMを──実際に受け取った内容を、麻帆ちゃんに読み上げてもらいます」
画面が切り替わる。
黒背景にスクリーンショット画像が映る。
送り主:ぱんつっち
宛先:麻帆@Venus Diary
送信日時:昨年8月17日
本文:
こんにちは!YouTube見てます!
大菩薩峠って知ってますか?キャンプ一緒に行きませんか?
障害がある方でも自然の中で生きてる姿って、すごく映えると思うんです。
よかったらお返事ください!
画面が戻る。
麻帆がゆっくり語る。
「これが、私に来たDMです。“映えると思う”って言葉、正直怖かった。
人じゃなくて、素材扱いされてる気がして。──返事はしませんでした」
てんてん:「私のには、“焚き火と障害の対比がいい”って書いてあったよ」
輝羅:「“障害を越えたキャンプ飯”っていう企画どうですか?って。
なんか、上からだった。いや、上から目線って意味じゃなくて……“見下ろしてる目線”って感じ」
はたご:「誰かが返事してたら──“山で殺されたのは、私だったかもしれない”って。思った人、たぶん少なくないと思います」
麻帆:「私は、返事しなかった。でも、言った。
泥酔配信の中で、“そういえばぱんつっちに大菩薩峠に誘われた”って。
──それで、遺体が見つかりました」
静けさが流れる。
はたご:「じゃあ、次の章では──“あの言葉”について、話しましょう」
画面下にテロップが表示される。
第2章:先っちょだけ──その言葉で、人はどこまで壊れるのか
第2章 先っちょだけ──その言葉で、人はどこまで壊れるのか
静まり返った画面に、テロップが現れる。
第2章:先っちょだけ──その言葉で、人はどこまで壊れるのか
はたごが、ゆっくりと息を吸って、語り始めた。
「“先っちょだけ”。
それが、被疑者・桜水真依さんの供述によれば──その男性に言われた言葉だったそうです」
画面が切り替わることなく、4人の表情が微妙に動く。
「“焚き火の前で、初対面の男からそう言われて、刺した”──
それが今回の事件の、桜水さん側から見た“きっかけ”だったと、報道では伝えられています」
てんてんが、うつむいたまま呟くように言った。
「……たぶん、軽いノリだったんだと思う。“言ってみただけ”って感じの。
でも、たぶん──その“軽さ”が、命取りだったんだよね」
チャット欄に一瞬、呼吸のような間が走る。
「軽い冗談が刃物に変わるんだな」「一言が火種になる時代」「でも女側も怖くない?」
輝羅が口を開く。
声は抑えめだが、言葉の温度は決して低くない。
「もちろん、“殺すのは違う”って前提は崩さないよ。
でも……“先っちょだけ”って言われて、“はい”って返せる人、いる?
その言葉の意味、相手が真面目に考えてないのが分かるからこそ、ぶっ壊れそうになるんだよ」
麻帆が、小さくうなずいた。
「私は、腕がないから──性的な意味で誘ってくる人は、他の人よりずっと少ない。
でも、“あなたと一緒にいることで優越感を得たい”っていう誘いは、ずっとあった。
“先っちょだけ”も、“あなたはどうせ断れないでしょ”って意味が含まれてる気がして、すごく怖い」
てんてん:「その場にいたのが、自分じゃなかったことに、正直……ホッとした。
でも、“誰かがやってたかもしれない”って考えると、ただ黙ってるのが気持ち悪かった」
コメント欄は「わかる」「わからない」で分断されていた。
それでも、誰もスパチャは送らない。今日はそういう夜だった。
はたごが、進行を戻す。
「もちろん、“刺したこと”も、“焼いたこと”も、そして“食べた”という供述も──正当化できるものじゃない。
でも私たちは、“そこまでさせた”のは何だったのかを考えないといけないと思っています」
輝羅:「“女が男を食った”って、インパクトだけが一人歩きしてるよね。
でも──その前に、男が女の心を“こなごなにしてた”ことは、あんまり語られない。
私は、それがいちばん怖い」
麻帆:「“中年の肉はまずかった”って、笑い話にされがちだけど──
もしかしたらそれ、本音だったんじゃないかって思ってる。
味のことじゃなくて、“この人のことが最後まで人間に見えなかった”っていう意味で」
てんてん:「……それを言葉にするのって、ほんとにギリギリの線だと思うけど。
でも、“あの人”の言葉が、ギリギリを越えてたから」
チャット欄に、ふと流れる。
「まほちゃん、言葉選んでてすごい」「フェミって言われそうだけど、今日は黙る」
「これ、マジで学校で見せた方がいい回」「“怖い女”じゃなくて、“壊れた心”だな」
はたごが、締めくくるように言う。
「この章では、“あの言葉”がなぜ凶器になったのかを、私たちなりに語りました。
次の章では、私たちが“この事件を語ることそのもの”に感じている怖さ──
つまり、“女だけで話す”ことへのバッシングについて、触れていきたいと思います」
画面下に、次章のタイトルが出る。
第3章:“フェミが騒いでる”って言われることは分かってた
第3章 “フェミが騒いでる”って言われることは、分かってた
画面下テロップ:「第3章:“フェミが騒いでる”って言われることは分かってた」
喪服姿の4人が並ぶ画面に、少しだけ間が流れる。
はたごが目線を落としてから、ふと顔を上げた。
「この配信をやるにあたって、正直、めちゃくちゃ悩みました。
“女だけで話す”ってだけで、“フェミが集まって男を叩いてる”って言われるのが、目に見えてたから」
チャット欄がざわめく。
「わかるけどつらい」「そう思われるの、もうしんどい」
「ほら出た、フェミカード」「とか言って保身してるだけでしょ?」
てんてんが、はたごの言葉を引き取るように言った。
「……でも、喋んなかったら喋んなかったで、“黙ってるのは後ろめたいからだ”って言われるんだよね。
ほんとに、“黙ってても炎上、喋っても炎上”」
輝羅が、にこっと笑った──ように見えて、すぐ消える。
「この配信のあと、まとめサイトに“まんさん4人の地獄配信”って書かれるの、もう予想済みだから。
それでもやるって決めたのは、目立ちたいからじゃなくて、“これを黙ってたら自分が気持ち悪い”からで……」
そこまで言って、彼女は少し詰まる。
空気が静まり、コメント欄の速度が落ちる。
麻帆が口を開く。
いつもより、少し早口だった。
「この事件に“障害者の私が関わった”ってだけで、“カタワ様が騒いでる”って言われた。
“腕がないから特別扱いされてる”って、何百回も言われた。
でも──言わせてください。
私は、何かを“代表”してるつもりなんか、最初から一度もない」
てんてん:「ただ、“しゃべる自由”を使っただけ」
麻帆:「そう。“しゃべる自由”が、いつのまにか“しゃべったら叩かれる自由”になってるの、おかしくないですか?」
輝羅:「私たち、目立ちたがり屋ですよ。配信者だし。
でも、今回はそれ、封印してる。──神妙にしてるよ、今日だけは」
はたごが、少しだけ口角を上げて言った。
「でもそれもまた、“神妙なふりしてるだけ”って言われるんだよね。
だったら、もう言うよ。──ふりでもなんでも、“語るしかなかった”から、喋ってるの」
チャット欄に、少しずつ“感情”が戻り始める。
「これがフェミなら俺はフェミでいい」「声をあげるってこういうことだよな」
「“神妙なふりでもいい”って言葉、沁みた」「何年もSNSにいたけど、こういうの初めて見た」
麻帆が、言葉を選びながら続ける。
「私があの夜、“DMのこと”を言ったせいで──
ぱんつっちは、行方不明者じゃなく、“人間として扱われる遺体”になった。
黙ってたら、きっと骨のままだった。
……それだけは、言ってよかったと思ってるんです」
てんてん:「言葉って、怖い。殺せもするし、助けもする」
はたご:「でも、“殺さない言葉”を目指してたら、“誰にも届かない言葉”しか残らない。
だから、私たちは今日、喋ってる」
画面下に、次のテロップがゆっくりと浮かぶ。
第4章:視聴者の言葉に、今だけ応えるなら
第4章 視聴者の言葉に、今だけ応えるなら
チャット欄が、一瞬だけ“綺麗な沈黙”に包まれていた。
四人が、言葉の余韻を保ったままカメラの向こうを見ていると、最初に浮かび上がったのは、こんなコメントだった。
「これ、泣くとかじゃなくて、固まって見てる」
そのあとに、滝のようにコメントが流れる。
「言葉が凶器になるって、こういうことか」
「誰が悪いんだろう…って考えた時、全員ちょっとずつ関係してる気がして怖い」
「“DMを送っただけ”って言ってるやつ、何もわかってない」
「この空気感でコメント拾うのって地獄だろうな…」
てんてんが、モニター越しの文字を見つめながらぽつりと呟いた。
「……ほんと、地獄みたいな夜になっちゃったね」
それが合図のように、画面内の4人が少しずつ“人間の顔”に戻りはじめる。
沈黙から、ふと笑いそうになる顔へ。言葉を探して迷っている口元へ。
輝羅が口を開いた。
「コメント欄、さっきから“神回”って言われてるけど……
私たち、これ別に回すつもりで来てないからね? マジで」
少し笑いが漏れ、チャット欄にも「w」がちらつく。
「そういうとこ好き」「ぶっちゃけありがと」「ほんとに“配信”してるのすごい」
麻帆が、それに続けるように言う。
「……でも、“神妙なふりしてるだけ”って思う人がいるのも、たぶんほんとなんですよ。
だって私たち、全員YouTuberだし。数字気にしてるし。目立ちたがりだし。
でも──それと、今日ここで喋ってることは、別です」
てんてん:「うん。“目立ちたくて喋ってる”のと、“黙ってたら吐きそうだから喋ってる”のは、違うんだよ」
輝羅:「“女同士でかばい合ってるだけ”って思われても、それでも、言いたいことはあるよね」
麻帆:「視聴者の中に、“刺される方が悪い”って言ってる人もいる。
でも、それを言うなら──
“刺されない言い方”って、どこまでなんだろうって思う。
“先っちょだけ”は、どのラインに引っかかったんですかって、逆に聞きたい」
画面内が、誰も笑ってないのに“熱く”なっていく。
観客のいない舞台で、言葉だけが光っていくような空気。
はたごが一度、手元のスマホに目を落とし、拾うように言った。
「こんなコメントが来てます──
“女が集まって感情論で語ってるだけ”って。
──じゃあ、感情が壊された事件について、感情を抜いて語るべきなんでしょうか?」
その言葉に、麻帆が反応した。
少し声を強める。
「私、あのDMを公開したことで、“障害者がフェミになった”って言われた。
そもそも──私、フェミニズムの定義も、正直ちゃんとは知らない。
でも、“人間として扱ってほしい”っていう最低限のことを言っただけで、
“女の正義感”とか、“被害者面”とか、“差別ビジネス”とか──
いろんなラベル、勝手に貼られた」
輝羅:「……そもそも“喋ったら終わり”って構図がおかしいんだよね。
喋ったら、正義マンとか、フェミとか、女の敵とか言われる。
じゃあ何? わたしたち、どうすればよかったの?」
てんてん:「“刺さなきゃよかった”って話なら、それは分かる。
でも、刺されたくなかったら、刺されるような言葉を言わなきゃよかったんじゃないの?」
チャット欄が噴き出すように再び流れ始める。
「この言葉がいちばん刺さった」「泣いた」「自分にも思い当たる節がある」「ぐうの音も出ない」
「麻帆さん、声が震えてる…」「YouTuberって、人間だったんだな」
はたごが、呼吸を整えるように言う。
「今だけ──この配信の中だけは、“目立ちたいから喋ってる”っていう、
いつもの私たちを忘れてほしいです」
画面の下に、次の章タイトルが浮かび上がる。
第5章:それでも、私たちは“見せる側”だから
第5章 それでも、私たちは“見せる側”だから
照明は暗くも明るくもなく、沈んだままだ。
音楽もなければ効果音もない。
でも、配信の熱は、確実に高まっていた。
画面内の4人──喪服の彼女たちは、神妙を装っていたわけじゃない。
本気で、“神妙でいよう”と決めていただけだった。
はたごが、喉を鳴らして言った。
「私たちは、YouTuberです。
旅の景色、料理の手元、焚き火の音、障害のある体。
全部、“映すもの”として、これまでアップしてきた。
……だから、“見せる側”の責任が、今日みたいな日に一番重くなる」
てんてんが口を挟む。
「“見せる側”って、ほんとはすごく無防備だよ。
映ってるから強そうに見えるだけで、
コメント一個で刺されるし、DM一通で1日潰れることもある」
チャット欄には、
「これは言葉にしてくれてありがとう」「傷の告白って、こういうことか」
「でもそれって“自業自得”じゃん、って言う人がいるのも事実」
「カメラの前にいる責任って何だろうな」
と、複雑なトーンの投稿が続いた。
輝羅が、口角を少しだけ上げてから言った。
「でもね──カメラの前にいないで何かを伝えるって、私にはできなかった。
結局、これしかやり方が分からないから、今日もここにいるの。
泣く演技も、笑うタイミングも、演出しようと思えばできたけど──今日はしてない。
“素”って言うのは嫌いだけど、これが私の“本気の台本”だと思ってほしい」
麻帆がうなずいた。
「私にとって、“見せること”は、生きることそのものだった。
腕がない身体を映すことに、最初は抵抗もあったけど──
見せることを選ばなかったら、たぶん、私は透明なままだった。
今回、あのDMを言葉にしたのも、
“誰かが気づくかも”って、どこかで願ってたからかもしれない」
てんてん:「YouTuberって、弱さを見せる場所を間違えると終わる職業なんだよ。
でも、今回は──“終わってもいいから喋りたい”って思った」
コメント欄が静かに湧く。
「刺さるわ…」「“終わってもいいから喋る”って、覚悟すごい」
「見せる側が見せる痛み、ちゃんと届いてる」「腕がないことより、心の強さが目立ってる」
はたごが、視聴者に語りかけるように言う。
「“YouTuberは演者だ”って言われるけど──それは正しいです。
私たちは演じてます。カメラの前では、常にどこか“見せたい自分”を選んでる。
でも、今日だけは、“見せたくないこと”まで喋ってます」
麻帆:「黙ってたら、美談にされるか、怪物にされる。
それが嫌で──言葉にしました。
食人でもフェミでも炎上でもなんでもいい。
今日だけは、“自分の言葉で自分を語る”ってことが、
生きてる証明になると思ったから」
はたごがうなずく。
「……次が、最後の章です。
“それでも配信してるのはなぜか”──そのことについて、
ちゃんと答えて終わりたいと思います」
画面下に、ラストの章タイトルが表示される。
第6章:それでもカメラを切らなかった理由
第6章 それでも、カメラを切らなかった理由
画面下に、白い文字がふわりと浮かぶ。
第6章:それでもカメラを切らなかった理由
一瞬だけ、沈黙が流れる。
いつものように次の話題へ進行するテンポではない。
誰も口を開こうとしないまま、画面に映る4人のまなざしだけが揃っていた。
真正面に、カメラの向こうに、そしてその先の誰かに──。
麻帆が、最初に口を開いた。
穏やかだけれど、迷いのない声だった。
「私は、見せることからしか逃げられなかった。
“見せないで”って言われるときより、“見せろよ”って言われるときの方が、怖かった。
でも今日、ちゃんと見せられたと思います。
腕がないことも、傷ついたことも、言いたくなかったことも」
少しだけ間があり、はたごが続ける。
「配信を始めてから、いろんな景色を届けてきた。
でも、今夜みたいな“心の景色”は、きっと初めてです。
旅じゃない場所。非日常じゃない現実。
それを映してしまったから、もう元には戻れないけど──
それでも、切らなかったのは、自分の選択を信じたかったからです」
てんてんは、視線を落としたまま、ゆっくり言った。
「私は、本当は配信であんまり喋りたくないタイプなんだけど。
でも今回、“無言のままいないで”って、まほちゃんに言われた気がした。
だから喋った。
ほんとは全部、カメラの外で話したかったけど──
でも、外じゃ誰も見てくれないって知ってるから」
そして最後に、輝羅が言った。
彼女だけは、ほんのすこし微笑みを残していた。
「わたしは、きっとこれからも“盛って喋る”人間です。
でも今日は、盛るより喋ることを選びました。
“ほんとはこうじゃなきゃよかった”っていう気持ちを、誰かと共有できたら、
それだけで少しは、自分の言葉が存在してたって思えるから」
沈黙。
そして、はたごがカメラに向かって、少しだけ首をかしげるように、言った。
「今日、この配信を見てくださったみなさんへ。
“語ること”を選んだ私たちに、言葉で返してくれてありがとうございます。
ここから先、何が正しくて何が間違ってるかなんて、正直、私たちにもわかりません。
でも、言葉にしなきゃ残らないことだけは、分かっていました」
麻帆が、まっすぐカメラを見て、最後の言葉を口にした。
「“黙ってればよかった”って、きっとこれからも言われます。
でも私たちは、“語ったこと”だけで立ってます。
それが、今日このカメラを切らなかった理由です」
そして、4人が、深く一礼する。
その姿に、BGMはつかない。
画面がフェードアウトしていく中、チャット欄の最後のコメントが流れる。
「おつかれさまでした」
「忘れません」
「この夜に立ち会えて、よかった」
映像は消え、最後にひとことだけ、文字が表示された。
──誰にも相手にされなかった人のことも、
それを語った人たちのことも、
わたしたちは、記録しておきたかった。
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