【小説・ヴィーナス症候群】[687]桜餅ダンボール夕暮れ
生まれつき両腕のないヴィーナス児の麻帆は、いまや雑談系YouTuberとしてそれなりに固定客を持っている。
前回の泥酔配信は、完全に飲みすぎだった。
途中から話は妙な方向に転がり、よりによって震災の日に中学校の卒業祝いであると赤飯を配られた話になり、コメント欄は「開催する日考えればいいのに」「誰も気づかなかったのか」で荒れた。(第667話)
ただ、それだけではなく、なぜか桜餅の話に飛んだ。
「桜餅ってクレープみたいだよね」
するとコメントが流れる。
「それは関東風で長命寺風ってやつ」
「麻帆ちゃん神奈川だから鎌倉近いよね」
「関西は道明寺やで」
「粒々のやつ食べてみて」
「別物だから」
麻帆は缶チューハイをくわえたまま首をかしげた。
「道明寺?そこ、どこ?」
「大阪の南の方」「奈良寄り」といった曖昧な説明が流れ、ますますわからなくなる。
場所の話なのか食べ物の話なのか、酔っている頭ではもう区別がつかない。
結局その日は「じゃあ送ってよ、食べてみるからさ」と言って終わった。
翌日、覚えていないまま配信のアーカイブを見返し、ついでにAmazonのほしい物リストに「道明寺風桜餅」と書き足した。
そして数日後。
夕暮れのオレンジ色が部屋の床に伸びるころ、インターホンが鳴った。
足でドアを開けると、置き配のダンボール。
送り主は知らない名前だったが、伝票の品名には確かに「桜餅」とある。
「ほんとに来たんだ……」
麻帆は床にしゃがみ込み、足の指で器用にテープをつまんで剥がす。
何度もやってきた動作だ。
箱が開くと、ほのかに甘い香りが立ち上る。
丸くて、つぶつぶした見た目の桜餅が、きちんと並んでいた。
「これが……道明寺……?」
窓の外は、すっかり夕焼けに染まっている。
画面の向こうの誰かが勧めてきた、知らない土地の味。

麻帆は少し笑って、スマホを足で引き寄せた。
「よし。今日、飲むか」
通知をオンにして、配信アプリを開く。
どうせまた、ろくでもない話になる。
でもそれでいい。
箱の中の桜餅を一つ、足でつまみ上げながら、麻帆はカメラに向かって言った。
「はいどうもー。例のやつ届いたんだけどさ…」
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