【小説・ヴィーナス症候群】[492]グリューワイン髭包み紙
生まれつき両腕のないヴィーナス児が、アパレルや義肢の現場で働くのは、もう珍しいことではなくなっていた。
その界隈で、最近よく「西土浦」の地名を聞く。
かつて傷痍軍人の療養所だったその土地は、国立リハビリテーションセンターを経て、「国立先端医工学研究センター」になるのだという。(第487話)
義肢や人工感覚、身体拡張の研究をまとめてやる施設らしく、マスコミからは「サイボーグセンター」などと言われている。
サイセイ義肢で「トルソーさん」を務めている割出結菜も、最近は常磐線に乗る機会が増えていた。
会社からは、先端医工研との共同研究が増えると聞かされている。そうなれば、土浦通いが日常になるのだろう。
土浦駅から筑波参宮鉄道に乗り換え、西土浦で降りる。
掘立て小屋のような小さな駅に、乾いた冷気が吹き抜けていた。
金沢の湿った雪の寒さとは違う、骨に響く冷え方だ。

研究センターでは、髭をたくわえた研究者が結菜を出迎えた。
高梨というその男は、ヴィーナス児研究の第一人者として名前を知られている。(第43話)
今回の目的は、細かい作業に耐えられる義手の評価だという。
その「細かい作業」の具体例として示されたのが、百貨店の包み紙でお歳暮を包む作業だった。
「……お歳暮?なんか生活感ありますね」
結菜がそう言うと、高梨は苦笑して頷いた。
「そう。でも生活の向上に即した研究だからね」
なるほど、と結菜は思った。
装着して、力を入れて、正確に折る。ただそれだけの動作が、義手では意外なほど難しい。
プロトタイプの義手に付け替え、包み紙と向き合う。
紙の張り、角の出し方、最後の折り返し。ほんの少し力が強すぎるだけで、紙はよれ、弱すぎれば形が決まらない。
「これは……確かに研究になるわぁ」
作業を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。
西土浦の駅で土浦行きを待っていると、「ホーホッホッホッ」という鳴き声が聞こえた。
フクロウだろうか。人気のないホームに、その声だけが響く。
これからここに通うことが増えるなら、どこかで一杯飲める店を探してもいい。
そんなことを考えながら、結菜は無性に温かいグリューワインが飲みたくなっていた。
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