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【小説・ヴィーナス症候群】(595)冷笑ネトウヨが大勝ちする理由

新大久保に拠点を構える韓流フェミニンブランド・HANEULで、「トルソーさん」として働く万之瀬はるかは、その日の仕事を少し早めに切り上げていた。
中学校時代の友人、上之薗珠美と会う約束があったからだ。

店は新宿区内の小さなカフェだった。
新大久保と早稲田のちょうど中間にあり、学生と外国人観光客が混じる、落ち着かないようで落ち着く場所だ。

先に着いていたはるかが窓際の席で待っていると、珠美が少し遅れて入ってきた。

「お久しぶり〜」

「ほんに久しぶいじゃな」

軽く手を振り合って、向かいに座る。
珠美は鹿児島では名門とされる造士館高校から早稲田大学に進んだ才媛だ。将来はマスコミの仕事に就きたいのだと、昔から言っている。

注文を済ませ、しばらく近況を話したあと、はるかがふと思い出したように言った。

「珠美、早稲田じゃったっけ?」

「そうじゃ」

「昔から頭よかったもんね」

「そげん言われっほどじゃなか」

「でもさ、新大久保と早稲田なら、同じ新宿区じゃっど」

「距離は近かど、世界はだいぶ違うな」

コーヒーが運ばれてきて、二人の間に短い沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは、はるかだった。

「この前の選挙さ……ひどかったよね」

珠美は一瞬だけ考えてから答えた。

「ひどかったっち……はるかはリベラル系なんじゃな」

「そりゃそうよ」

はるかは、自分の義手にちらりと視線を落とした。

「福祉が充実しちょるから、こげん立派な義手がつけらるっが。自己責任だの何だの言うちょる保守が勝ったら、高い自己負担で買わにゃならんくなるかもしれんじゃん」

「そりゃ、怖かよな」

「じゃろ?」

はるかは少し間を置いて、続けた。

「それにさ、保守系の連中って、何であげん投票されたっが? ろくな政策があるわけでもなかのに」

珠美はカップを口に運んでから言った。

「わかりやすかからじゃろ」

「わかりやすか?」

「そう。今時はな、秒で頭に入るっちことが一番大事なんじゃ」

はるかは眉をひそめた。

「だったら、リベラル系も同じように、TikTokとかで秒で頭に入る動画、ばんばん出したらよかのに」

珠美は小さく首を振った。

「多分、だめじゃろ」

「なんで?」

「リベラル系の人たちはな、きちんと説明することが大事じゃっち価値観の人たちじゃ。そげなことしたら、『雑すぎる』『誠実じゃなか』ち言うて、先に身内が離れていく」

「……詰んじょるじゃん」

「まあ、そげんこっじゃ」

少し間が空いた。
はるかは、ずっと引っかかっていた疑問を口にした。

「それにさ。わたしより底辺のやつでも、平気で保守系の味方しちょるじゃん」

珠美はうなずいた。

「おっな」

「自分の暮らしを良うしようっち言う党に、入れようとは思わんのかね」

珠美は少し考えてから言った。

「基本、保守系の人たちはな、序列ば大事にすっじゃろ」

「序列?」

「リベラル系みたいに、みんな平等とか言わんじゃろ」

はるかは顔をしかめた。

「あー……あの中福元も、そげんじゃったよね」(423

「そうそう」

「あー、思い出したくなか名前じゃ」

珠美は肩をすくめた。

「自分が一番下じゃなかっちことば、確認しちょりたいわけよ」

「……」

「生活が苦しかでも、『あいつよりはマシ』ち思える場所が欲しか。その序列ば壊さんのが、保守系の言葉じゃ」

はるかはふっと息を吐いた。

「もはや、人間の業じゃな」

「業じゃ」

珠美はそう言って、少し間を置いた。

「それにもう一つ、大きか理由があっ」

「なに?」

はるかは、ぽつりと言った。

「中国に攻め込まるっ確率より、明日の自分の生活が破綻すっ確率のほうが、よっぽど高かじゃん」

珠美は、その言葉を一度受け止めるように目を伏せた。

「……正論じゃな」

「じゃろ? ネトウヨの連中って、すぐ『中国に攻めてきたらどげんすっと』ち言いたがるじゃん」

「言うな」

「じゃっどさ、戦争より先に、家賃とか、医療費とか、そっちが先に来っじゃろ」

珠美は静かに言った。

「それが言えん空気なんじゃ」

「空気?」

「『安全保障』ち言葉出した瞬間、生活の話ばしたほうが、“現実が分かっちょらん側”にされっ」

「逆じゃん」

「逆じゃっどな」

珠美は苦笑した。

「自称“現実派”にとっちゃ、遠か脅威のほうが話しやすか現実なんじゃ」

「……意味わからん」

「分かる必要はなか」

珠美は続けた。

「遠か敵は、今の自分ば問わんで済む。じゃっど、明日の生活の話は、今の選択ば問われっ」

はるかは、自分の義手の指先を見つめた。

「じゃあさ……わたしみたいな身体は、どこに置かるっんだろ」

「……見えん場所じゃ」

「やっぱり」

「誰かが『現実』っち言葉ば使うたびに、静かに後ろへ押しやらるっ場所じゃ」

はるかは冷めかけたカフェラテを一口飲んだ。
苦くて、現実の味がした。

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