[黄金時代]学生バイト時代のお話[最強列伝]
こんばんは。今日もお疲れ様です。(昼夜逆転)
前回までのあらすじ
こちらのリンクからどうぞ
初めて本格的に執筆したnoteだったのに割といいねが貰えたり、何故かチップを頂けたりして非常に励みになりました。
これで一生食っていけないですかね(アフィカス)
そんな冗談はさておき、前回のnote終盤で、「私の本質を見抜いたパートのおばちゃん」の話があったと思います。
今回は、そんなおばちゃんもいた、私の学生時代のアルバイトについてを書こうと思います。
地味に文章に起こしてみるのも初めてなので、書いてても非常に楽しみな内容です。
僕のやっていたアルバイトについて
結論から言うと、ホームセンターのバイト一筋で6年ほどやってました。
面接でもこれ言うだけで結構驚かれるので武器になってたりもした。
最近はバイトをコロコロ変える人のほうが多いからね。
なんでバイトを始めたか
2019年3月
平成も終わろうとしている頃、当時高校1年生だった僕は春休みで、まさに休みを謳歌していた最中でした。
そんなある日、親に「いい加減バイトをはじめたら?」と耳の痛くなるようなパンチの効いた一言を食らってしまいます。
僕はそれがうっとおしく感じたのか、あるいは転機と見たのか、ヤケクソで近所のホームセンターに応募したのです。
そしたら何故か面接をスルスルと合格し、あっという間にただの学生から学生アルバイターへ進化を遂げました。
その後の手続とかもあったので、結局初出勤は4月の頭の方でした。
その数週間後にアイアンマンが死んだと思うので、記憶に齟齬はないはずです。

しかし、そんなスムーズさとは裏腹に、最初の数日はとても厳しいものがありました。なんなら、6年勤めた今振り返ってみても最初の数日が地獄かもしれなかったです。
バイト3日目で、泣く
なんと、泣いてしまいました。
別になんのやらかし(?)をした訳でもないのですが。
ホームセンターって切り売りって言ってテーブルクロスだったり壁紙だったり紐だったり、なんでもお客さんのオーダーの長さに合わせて商品を販売するサービスをやってるんですね。
それで、件の泣いてしまったというのが、まさに切り売りを対応してた時だったんです。
その時僕がたまたま対応したお客さんがオラオラ系の兄ちゃんで、カットする商品が床材でした。
床材ってロール状になってて、慣れないうちは綺麗に引っ張るのも大変です。
しかも綺麗にまっすぐ切れるようにも意識しないといけない。
そんなの、パニックになりやすかったり、ケアレスミスの多い僕に初めてのうちスムーズにできる訳もなかったです。(冒頭記載の前回のnoteを参照)
数m分の床材を切るだけだったのに、今思うと非常に困ったものです。
結局、色々困り果ててしまったところを教育係のTさん(仮名)に助けてもらいました。
ここで名前を出したということは、つまりキーパーソンなわけです。
泣く
Tさんの助けもあり、無事商品をお客さんに渡すことが出来たのですが、こんな事を言われてしまいました。
「あのお客さん、だいぶイライラしてたよ。あと少し遅かったらクレームになってたかもしれなかったから気をつけな。」
それを回避できた安堵か、はたまたボタンの掛け違い次第で大変なことになってしまっていたことへの恐怖か、何故か泣いてしまいました。
水
その後、休憩室に連れて行ってもらい、Tさんが宥めてくれました。
それで「なんか飲むか?」と自販機でなんか買ってくれるとの事だったのですが、流石の僕も弁えがあったようで、一番安かった280mlのサントリー天然水をお願いしました。
今の関係値だったらジュースとかねだってると思う

こういうので
なんとなくですけど、その時の水がどこで飲んだにしても、一番美味しかった水だったと思います。
僕もチョロいもので、典型的な引き留め策だったのかもしれないそんなTさんの思いやりが随分心に染みてしまいました。
それで「今日のことを立派に恩返し出来るようになるまで、やれるところまでやってみよう。」と心に決めたわけです。
この日が無ければ、6年続けられなかったと断言してもいいと思います。
バイトリーダー
バイトリーダーって結構な店で役職としてあると思うんですが、うちはそういうの無かったんですよね。
でも、何故かバイトリーダーになってしまいました。
というのも、僕以外みんな高3とか大4とかで、辞め時が既に見えている人たちばっかりだったんです。
そんな訳で古株のパートのおばちゃんから、「〇〇さん(僕の名前)がバイトリーダーじゃん!」と
初出勤から1週間だった頃くらいに言われました。
1週間でバイトリーダーになるというスピード出世を成し遂げました。
だからといって特に給料が良いとか仕事が増えるとかでもなかったんですけど。
でも当時はその肩書が気に入ったのか、社員さんとかパートさん、誰これ構わず色んな人に言い回ってた覚えがあります。
お陰様で、僕は1年目から最後の最後までバイトリーダーという役職なのか愛称なのか良く分からない謎の称号を欲しいままにしていたのです。
最終的に色んな人からバイトリーダーと呼んでもらうことも結構あって、僕もそれがバイトでのアイデンティティみたいでとても気に入ってました。

お客さんとの戦いの日々
今だから楽しく振り返れるし、恋しく思うこともありますが、やっぱり接客はキツかったと思います。
ホームセンターってざっくばらんに色んな商品があって、気が遠くなるような無数の商品知識を習得する必要になります。
もちろん、学生バイトの身でそんなのを一瞬で覚えて飄々と接客できたわけでもありません。
パニックになることも勿論あったし、お客さんの探してる商品とは違うものを案内してしまうこともありました。
それで色んな人から「落ち着いて!」と言われてしまうこともしょっちゅうでした。
また、色んな商品があるということは取扱点数も必然的に多いわけで、バックヤードから商品を探すのも当時は一苦労でした。
探すだけで10分くらい待たせたこともざらにありました。
今じゃなくても肝が冷えます。最後の方もそういう事たまにあったし。
そんな訳で、お客さんとの戦いとは見出しに書いたんですけど、正しくは
自分との戦い
の方が表現技法として適切だったわけです。
これについてはひたすら数を重ねることしか出来なかったです。
でも、助け船を出せばみんなちゃんと助けてくれるし、最終手段としてスマホを使って調べることもしました。
意外にもお客さんの前で調べるという行為で咎められたり、クレームが来た、ということは一度もなく、案外有効打でした。
こうしてみると結構厳しい状況ではあったけど、最後までやり遂げられたのは色んな人に助けられたのは大きいなとやっぱり思います。
なんで今はこんなことに…(前回note)
そんなこんなでコロナ禍を乗り越えたり、苦手な社員さんとの戦いだったり、4年くらい苦楽を共にした同い年のヤツとの絆など色々ありました。
かなり濃い数年でしたが、詳細を書くと長くなるので割愛します。
気がついたら年上に
入った当初は最年少という身分で甘い汁を吸っていました。
しかし、大学生になった頃くらいだと、新しく入ってくる子は皆年下で、時の流れの早さを実感していました。
それなのに、僕は年相応の威厳みたいなのがなく、最後の方までイジられキャラであったのです。
だけど、そのおかげで結構大人しかった子がよく喋ってくれるようになったり、そういった子達の芯の強さに感心する機会も多かったりして、良い刺激になったなと思ってます。
ちなみに3日目で泣く子はいませんでした。
ホームセンターのやりがい
今振り返っての視点になるので、説得力は弱まってますが。
ホームセンターっていろんな客層の人といろんな事に詳しい社員さんがいて、日用品は勿論、工具や水回り、そして建材なんていうのも対応することがあります。
前述したように、分からないことについては逐一助け舟を出すのが基本になります。
これも数を重ねると自分でも商品について分かるようになってくるわけです。
すると、ある程度は自分でも難しいことについて説明できるようになったり、分からないことを調べるにしても調べ方がわかったりして、だいぶスムーズにこなせるようになります。
自分一人でお客さんの対応をできた時は、商品知識の有無や大小を問わず、嬉しいものでした。
あとは重い荷物を車まで運んであげたり、お年寄りの人が重い土とか買う時にカゴに乗せてあげたりとか、自分から買って出ることも多かったです。
僕は単純な人間なので、こうやって目に見えて人に貢献できる瞬間がとても好きでした。
ホームセンターを辞めた日と、これから
そうこうしているうちに内定も決まり(現在休職中のところ)、2025年の3月に退職しました。
スタバカードとか、ハンカチとか、映画のブルーレイとか、色んなものを頂けました。
辞める1ヶ月前にバイトの子達を呼んで焼肉に行ったのも良い思い出です。
そんなバイト先ですが、僕と同時に何人か進路の都合で辞めてしまった子も出てきてしまい、慢性的な人手不足に陥ってるようです。
大変ですね(他人事)
前回のnoteの題名にもある通り、休職中の身なので、出戻りでもう一回ホームセンターでバイトをしようなんてのも検討しました。
けれども、あまりにも盛大に送り出されてしまったために中々戻りづらいのが現状です。
更に話が変わって、自分が今立ち止まっている理由は、環境だの人事だの人間関係だのと原因を探れば色々あるかもしれません。
まぁ、原因というのは、全部AIが挙げてくれたモノなのですが。
何が言いたいのかと言うと、このアルバイトの成功体験が頭から離れず比較をしてしまうのも、もしかしたら原因の一つなのかもしれないと思ってしまうのです。
そもそも学生バイトの身で何の責任も無かったし、だからこそ6年続けられたんじゃないかと言われてしまったら、反論の余地もありません。
でも、6年間頑張れた事自体は強みだと認めたい自分も存在してしまうのが事実です。
6年間のアルバイトが僕に与えてくれたのが、弱い自分を映す鏡でなく、経験やスキルであると信じたい、としか今の僕には言えません。
でも、こうやってプラスの方向に考えられる可能性も与えてくれるだけ、一つのアルバイトを長く続けるメリットは間違いなくあると思います。
だからこそ、逃げの一手になるけど、接客とか営業の仕事でまたやり直してみたいと、思ったわけです。
終わり。
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