父の言葉に隠された、たなぼた人生の極意
「え、そんなテンションで生きてきたの?」
と、驚きを隠せなかった師匠・父の話。
実家に帰り、父にインタビューをした。
30年間「役に立たない愚鈍な人間」と烙印を押し続けてきた。しかし、ある出来事をきっかけに、私にとって身近な師匠は父だと気づいたのだ。たなぼたな人生を送る父の功績は大きく二つ。
一つは母という伴侶を得たこと、
もう一つが仕事だ。
パートナーと仕事、十分すぎる。
「父、あなたが師匠に見えるようになったのでインタビューをさせてほしい」
時間は限られていたが、公務員になったきっかけや、当時の気持ちを聞いてみた。
父は農家の家系で育った末っ子。私の曽祖父は難しい歴史書を読む百姓にしては珍しい知識人?!で、一族を守る強い思考の持ち主だったという。その下で育った祖父は、子である父に「教師になることがいい」と言い続けていたそうだ。
父は絵が上手く、なれるなら美術の先生一択だったようだが、成績が良くなかったため、父も周囲も次第に「先生は無理だ」と思うようになった。
高校を卒業する頃には「公務員ならなんでも」という一点で、役所に入る一択に。親族のコネを通じて役所に入社できた時の気持ちを聞くと、父はこう答えた。
「入ってやった」
んん?
今、なんて言った??
入ってやった???
母曰く、この「入ってやった」は父の口癖らしい。役所に入ることで祖父が喜ぶ。だから「入ってやった」のだという、驚くほどの上から目線。
私には全くない感覚だ。
私なら「入れてもらった」と思うはずだが、父にはそんな謙虚さはない。これが父の最大の強み。当たり前のように「自分がそこにいるのが当然」と思っている。
プライドが高い人なら、コネ入社を恥じることもあるだろう。しかし父にはそんなスイッチもない。コネだろうが何だろうが関係なく「入ってやった」だけ。
この姿勢は60代を越えてからも変わらない。シニアになってからの再就職で、面接日を2回間違えたことを指摘すると
「えっ、そうだっけな?まぁ、でも落ちるわけないやん。だって紹介だもん。人が足りないから入ってやったんだよ」と言う。
またしても出ました、入ってやった。
18歳の就職も60代の就職も全く同じスタンス。どうやったらこんな自信を持ち続けられるのだろう。18歳の時は姉たちに甘やかされていたのかもしれないが、60代になってからは母と私からさんざん言われてきたはずなのに。
自信とかいう類いでもないのかもしれない。
自信すごいね!
と伝えた時、キョトンとしてたし。
「自分は人が足りないから声をかけられて当然」と思えるこの姿勢?!
この『当然さ』が「たなぼた」が舞い込む秘訣なのだろう。まだ見落としがあるだろうが、いいのだ、一旦聞けたことでオッケーとしよう。
インタビューの後、もう一つ聞いていた金言を忘れてしまって思い出せない私に
「まあ俺は師匠だから、まきとはちょっと思考回路違うしな」と言って、ちょっとだけ恥ずかしそうに、でも間違いなく有頂天になっていた父(笑)
クククッ、笑いが漏れる。
相変わらずナイスキャラ。
確かにその通りだ。成功の秘訣は、私が今まで聞いたことのない「は?なにそれ?」みたいなところがポイント。だから私はこれまでスルッと見逃してきた。金言も落としてしまった。
父の口癖にも気づかぬまま。
口癖という『答え』をくれているにも関わらず、総スルー。何ならバカにしてたわけだ。
人の上手くいっている部分、その人らしさというのは、その人にとって当たり前のように存在していると、目の当たりにしたよね。
短い時間のインタビューだったが、父の「入ってやった」という言葉に集約される思考。私が探していた「たなぼた」の正体に一歩近づいた?!いや、私その思考を持てる気がしないーー(苦笑)
まっ、とにかく面白い時間ではあった。
父、ありがとう✨
家族理解がぐぐっと深まったのは、沼落ちしてるコスモスコープのおかげ↓
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