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ゼロ歳からの呪いがとけるー大好きな母の言葉にさらばー

noteを書こうとしても何度も手が止まって涙が出る。握りしめてきた呪いの崩壊が止まない。雪どけを連想する柔らかさではなく、なだれのごとく大きく衝撃あるもの。

それは、母から受けていた言葉の呪い。

母からの言葉の呪いってよくあるし、よく聞くけれど例外なく私にもあった。私もあったよー!と周囲に叫びたい。


別に母も悪気があったわけじゃない。見たまんま思ってたことを言ってたんだろうし、心配の気持ちもあっただろうし、私も慣れていたし。40年近く言われていた言葉が、自分の胸に突き刺さっていることすら気付けなかった。書いていても泣けてくるぐらいだから、本当に大きいものなんだけど。


“私はかわいくない”という呪い

その呪いは“私はかわいくない”。

2月の終わりぐらいに初めてnoteで、今年一番力を入れているものは美活だと書いた。

美活してるよって書くのはすごく勇気のいること。少し前にもも書いたんだけど

「私はかわいくない」
「元がたいして良くないから、たいしてかわいくなれない」

という思い込みを持っていて、そんな自分が「かわいくなりたい」って思って美活をするのは無性に怖かった。

いざ書いてみると周囲の反応はすごくポジティブで安心した。いつもよりたくさんの人がメッセージをくれて

「マッキーも頑張ってるんだから私もやってみよう」とか、
「ショート、お似合いでしたよ」とか、
「私はちょっと気が抜けてたからもっと頑張ろう」みたいな。

みんなありがとーーー!!!となって雪溶けが始まった。なんとなく自分にOKが出せて、その後握りしめていた「私は大して変われない」という思い込みにも気づいて、どんどん溶けていくのが分かる、この数日。

 

決壊、崩壊の瞬間

1週間前にエステに行って、昨日整体に行って、そしたら今日はめっちゃ肌の調子がいい。鏡の前に立って自分を見る。体も整えてもらったから、“そうそう、私のウエストってこんなに細かった”みたいな。出産後に緩んだお腹は戻りきらなくて、出産後とも言えない5年近くたった今。ちゃんと薄さが戻ってる。

肌のハリもパーンとして、いい状態。生理も終わった時で今たぶん一番いい状態なんだけど、「ああ、なんかいい♡」っていうのを見てたら、泣けてきてしまった。


そのまま、お家の鏡の前で崩壊。
地味。なのに大きな崩壊。



今回の「かわいくなりたい」は、今までとは違う。婚活をした時に初めて「かわいくなるぞ」って気合を入れて活動した。その時は「可愛い」っていうより「女性らしくなりたい」とか、「美しくなりたい」が大きかったし、とにかく結婚第一!で動いたから結婚式が終わって任務終了~。

今回は自分のためでしかない。
ずっと「かわいくない」って思って生きてきた、小さい頃のまきちゃんを迎えに行ってあげる。だから感慨深くて涙が出ちゃう。



呪いの始まり

12歳の時に、マドンナのような美人と仲良くなって、私は「かわいくない」を客観的に知ったのだが、いやいや、もっと前だったと。3歳の七五三の写真、ブサイクだった。

これよこれ。デジカメない時代だから?
もっとかわいいのあったはず・・だよね
と思いたい1枚です

さらにさらに、3歳がスタートかと思いきや、もっと前のゼロ歳。私は長女で、周囲からも待ちに待った長子だったから、大量に写真があるし、色んなプレゼントをもらってるの。その内の一つが真っ白なフリフリベビードレス。

その写真を見て母は放った。
「色黒さんだから、白いフリフリが全然似合ってなかったのよ。」

最初に着せた時は、かわいい~~♡って思ったけれど、誰かと比較してだったか、他の人に言われてだったかに気づいちゃったんだって。

全く似合ってなくて可愛くなかった娘に。


私も一緒に写真を見てて、本当に可愛くなかったから違和感すらわかなかったけど、0歳から「かわいくない」って辛いよね。結婚式前に、幼い頃の写真を集めてきてたからあるかなって探したけど、なかった。その写真は出したくなかったんだろう、自分のことだけど記憶抹消してる。


母の言葉の呪い

母のことが大好きだから、母を否定するようなことは言ってこなかったけれど、この「かわいくない」っていうことに関しては、母の呪いがもう何十年と、のしかかっていた。 

白いフリフリドレスを着た私を見たのが何歳だったかわかんないけど、間違いなくすでに「可愛くないの呪い」にかかった後。よって呪いに気づくことすらない。

究極は結婚式。
結婚式ってさ、花嫁が一番主役で輝く時のはずだし、婚活・美活を頑張ってきたタイミングだから、私史上では一番キレイな日。

コンプレックスのおでこ出して
ピンクのドレス。
がんばってこの日を迎えました、拍手👏


ただ周囲と比較をするとまた別の話。
周囲が美人ばかりになるような生き方をしてきたから、友人は美人ばかり。


ここでまた母の何気ない一言、投下です(笑)

「AちゃんもBちゃんも、相変わらず本当に綺麗だったね。あなたが主役であるからこそ、引き立ててくれるような、控えめな、でもすごく似合っている姿だったよね。」と。


えーえー、私も同じように思ってましたよ。AちゃんもBちゃんも相変わらずな美しさ。目立ちはしない黒レースのワンピースがとっても似合っていた。

大好きな友人たち=美人卓は、みんな口裏あわせたの如く、さまざまな黒ワンピース。主役を立ててくれる友人たちの愛を感じていたからこそ、母の言葉がチクリと刺さった。

自分の結婚式なのに「あ、また私は引き立て役なのかもしれない」みたいな。そんな感じは正直あったけれど、最高に楽しく幸せな一日の記憶には入れたくなくて排除したつもりだったが…間違いなく確実に刺さってた何か。

覚えてるくらいだからね。


ゼロ歳の写真から、結婚式での記憶、主役の極みの時ですら、「あ、私かわいくないかも。あ、私の人生は主役じゃないかも。」

そう思っていたら、人生そうなるよね。

ツラい―――!!!!つらすぎるよー。
なんかもうこれに気づくのが本当に辛くて辛くて、見たくなかった。



 解放と盛大な祝福

今、コスモスコープという新しい法則を使って自分の仕事をしていて「家族全員のことをコスモスコープで見ると、おどろくほど発見があってすごいの」と伝えてるのだけど、言うまでもなく私の家族にも当てはまったわけだ。

強烈な型、教祖のように強い影響力のある母のもとで育ってきた私。ぶっちゃけ、誰しもが母から影響を受けてるけれど、例外なく自分もめちゃくちゃ影響を受けていたことを改めて実感中。(痛みが・・)

ただ、私たちは選択できる。親のせいにしてても仕方ないわけで新しく選べばいいだけ。だから選択を変える。


「まきちゃん、かわいいよ」って、ちっちゃい頃の私を今は迎えに行ってあげられてる。なんだかよくわかんないぐらい泣きながら書いているのは、ちっちゃいまきちゃんが「迎えにきてくれてありがとう」って言ってくれてるような気がするから。


待っててくれてありがとう、まきちゃん。
おめでとう、わたし。


気づきの連鎖中↓


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