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“シェア型本屋”の記事に背中を押された日

先日、noteで「シェア型書店の棚主、はじめました。」(はやしあやかさん / 読書記録とエッセイ)という記事を読みました。

正直に言うと、「シェア型本屋」という存在を、それまで私は知りませんでした。

けれど、記事を読み終えたとき、心の奥にずっとしまっていたある夢が、ふわりと立ち上がったのです。
目に見えるような、手を伸ばせば届きそうな、そんな形で。


本好きが高じて、たどりついた日本人会の図書館

私は本が好きです。
日本を離れても、暮らしのそばに日本語の本があることは、心の安定剤のようなもの。
20代の後半からシンガポールで駐在をしていた時には、給与の半分くらいを本の購入に使ってました!😮😮😮
いま日本の自宅にはその時買った本や、学生時代や日本にいるときに買った本が千冊以上あります。

クアラルンプールの駐在が決まり、真っ先に日本人会に入った理由のひとつも、その図書館の本が安く借りられるからでした。

仕事や生活が忙しくても、ページをめくる時間だけは、何があっても守りたい。
そう思って日々を過ごしています。


ずっと心の片隅にあった「田舎のちいさな本屋さん」

実は、以前から漠然とこんな夢を描いていました。
田舎で、子ども向けのちいさな本屋を開きたい。
庭には自作の窯があって、そこでピザやパンを焼く。
お店には席がひとつだけ。
来てくれた人と、ゆっくり本の話をしながら、おいしい匂いのする空間で時間を過ごす。

その夢に「日本語を教える」が加わって

日本語を教えるようになってから、その夢にひとつ新たな夢が加わりました。

1日のうち数回、そのスペースで日本語を教えることができたら──
子どもでも大人でも、日本語を学びたい人と、本と、あたたかい時間を分かち合える場所にしたい。
それはただの「本屋」ではなく、「言葉」と「こころ」が出会う場になるのではないかと、思うのです。


「誰かの一歩」が、私の一歩の背中を押してくれた

けれど、「シェア型本屋」という具体的な姿を目にしたとき、心の中でカチッと音がしました。
ああ、こんな形があるのか。
本の世界に関わるって、こうやって小さく始めることもできるんだ。
夢が一気に現実と地続きになったような感覚でした。

あの記事を読まなければ、私はまだ「いつかどこかで」と夢だけ見ていたかもしれません。
誰かのリアルな一歩が、別の誰かの未来を照らすことがある。
そんなことを、静かに教えてくれたnote記事でした。


📚 私のように、本と暮らしの小さな夢を持っている方へ。
もし「シェア型本屋」という言葉に心が動いたら、ぜひ、はやしあやかさんの記事を読んでみてください。
いつかあなたの夢にも、くっきりとした輪郭が浮かび上がるかもしれません。


「こんな夢、持ってもいいんだな」
そう思ってくださる方がいれば、それだけでうれしいです。

よかったら、マガジン「50代教師、暮らしと仕事のリアル」ものぞいてみてください。
教えることや暮らすことについて、日々の想いを重ねています。


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