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毒親育ちの過去 ep.02┆学生時代の私

前回の記事はこちらから💁‍♀️
母との暮らしの中で「嫌だ」と思うようになった出来事を書いています。



⚪︎生きづらい学生時代

コンプレックスの塊

中学生になると、色んな刺激や影響を受けて自分と他者の比較から
自分の中にたくさんのコンプレックスを抱くようになりました。
そもそも、母子家庭であることですらコンプレックスなのに
その上からどんどんのしかかってくる感じ…

どんなことをコンプレックスに感じていたかというと
髪の毛が天パ(前髪が特に酷く、ぐりんぐりんでした🧑🏻‍🦱)
歯並びがガタガタ(遺伝なのか、母もガタガタです)
体毛が濃く感じる(腕や足の見える部分だけでなく、脇や背中も)
メガネ女子(メガネは小学低学年から)

年頃の女子ならコンプレックスに感じて当たり前なラインナップです💁‍♀️
※私目線

当時はSNSはなく、コンプレックスを解消するための手立てといえば
ネット検索や雑誌、友達からの情報ぐらいに思います。
もちろん、あまり友達にも打ち明けたくないなという年頃だったので
自分の中で解決しようともがいてました。

当時のコンプレックスへの対処法はお金がかかるものばかり…
・髪の毛が天パ → 縮毛矯正
・歯並びがガタガタ → 歯列矯正
・体毛が濃く感じる → 脱毛
・メガネ女子 → コンタクトにする
流石に中学生のお小遣い範囲でできる内容ではなかったので
恐る恐る母に相談したことがあります。

しかし、返ってきた言葉は
コンプレックスを抱える私には刺さるものがありました。

「縮毛したい」というと

🧑🏻「そんなものしなくていい!」

「歯の矯正したい」「脱毛したい」というと

🧑🏻「そんなお金どこにある!必要ない!」

「コンタクトにしたい」というと

🧑🏻「メガネで十分!アンタには手入れできん!」

頭ごなしに「だめ!」「必要ない!」の一言。
一方的に否定され、コンプレックスを抱えたままでした。
母子家庭ということも理解できる年齢なので、金銭面で余裕がなくても
母親として気持ちを受け止めることはして欲しかったです。
「気になるよね、でもお金ないし無理やわ」
この最初の一言があれば感じ方も少し変わっていたかもしれません。

ちなみに、このコンプレックス達を解消できたのは高校以降です。
縮毛矯正 → 説得して高2の終わりにしてもらえました。
歯列矯正 → 社会人になってからできました。
コンタクト → 説得して高2から使えるようになりました。
脱毛 → 中高はカミソリや除毛クリームを駆使して対応
     大学以降にバイト代でサロンへ通うことができました。

"ちゃんと出してもらえてるじゃん!""一般的に当たり前なのでは?"
と思われるかもしれませんが、先述した通りで
お金がないのは十分承知の上で、気持ちを受け止めてもらえたかどうかが
私の中では非常に大切なことでした。
説得する中でも何度も何度も「無駄」「意味ない」の言葉を聞きました。
これだけ必死に訴えかけたら、気持ちを分かってくれるんじゃないか?
という思いもありましたが、一度たりとも「辛かったね」「我慢させたね」
などの気持ちに寄り添う言葉は聞かれませんでした。

自信の無さからくる攻撃的な自分

学生時代は常に自信の無さと戦ってきました。
自分のコンプレックスはたくさんあって解消されていないけど、
周りの人たちは自信を持ってキラキラしているように見えました。
少なくとも両親と生活をして愛されて生活しているんだな…
と感じるのがとても孤独でした。

そんな私は、まるで自分の心を守るように攻撃的な一面を持っていました。
学生時代といえば、女子はグループになりがちだと思いますが
何気なく毎日関わっていたグループの中の1人に対して
あからさまに嫌な態度をとったり、避けたりしていました。
当時はいじめている自覚はなく、"悪ふざけの延長"だと思っていました。
その子が泣き出すまで。

この、"悪ふざけの延長"は1回きりのものではありませんでした。
1人に対してではなく複数人に対して攻撃的でした。

笑い話の中で「◯ねやw」と言ってしまい、
繊細な友達が泣いてしまったこともあります。
暴言として言ったつもりではないけど、ワード自体がナイフで
友達を傷つけてしまった事実は、その子が泣くまで分からずにいました。
それ以降は、「◯ね」という言葉を人に向けることは無くなりました。

色んな人を不快にさせ、悲しませてきて毎度反省はするものの
根本的な性格がなかなか変わらない私の攻撃的な言動は
まさかの大学時代も続いていました。

大学時代は友達同士の会話も恋愛トークが増えていった気がします。
基本的には彼氏の愚痴です。惚気話は滅多に聞きませんでした。
私自身もその時点で付き合ったことがあったのは1人だけで
恋愛経験も多い方ではありませんでした。

そんな中毎日聞かされる彼氏の愚痴。
聞きながら「じゃあなんで付き合ってるの?」「別れたらいいのに」
言葉には出さずとも、ずっとそんな風に思ってました。
もちろん彼氏という存在がいる羨ましさもあったと思いますが…
次が私の良くなかった所で、それを裏垢に愚痴としてこぼしました。
「リア充爆発しろ」
それを見た友達が同じグループの子に共有し、問題が発覚。
「流石に酷いんじゃないか」「何でそんなことを書いたのか」
話し合いが始まり、本当のことを話しました。
話し合いの末、当時5人でいたグループは私が抜ける形となり
"裏垢"というものも作らなくなりました。

グループを抜けた後、また別の居場所となるグループへ。
ただ、そこで初めて私がいじめられる対象になりました。
何が原因か分からずに始まった全員からの無視は恐怖でした。
家では母のことが嫌いなのに、学校でも居場所がなくなり
付き合っていた彼氏とも別れたばかりだったので人生絶望してました。
「死んだ方がいいのかもしれない」と初めて思った時期でした。
それでも毎日挫けず「おはよう!」とだけは声をかけていました。
(それも普通に無視されるんですけどね😇)
次第にいじめを提案した子が分かるようになったところで
過去(高校時代)の私を見ている感じがして、
逆に私から話し合いを持ちかけました。長文のLINEでの話し合いでした。
それからは和解することができ、今でも仲良くできています。
ただ、いじめられる感覚を味わったことで
過去の自分をより嫌いになりました。本当に最低なことを平気でしてたと。

⚪︎友達は大切にする

現在の私が思うことになりますが
当時、私に対して色々と思うことがあったにも関わらず
縁を切らずに今でも仲良くしてくれている友達には感謝しても足りません。
今でも交流のある友達に関しては、
お互いに「それおかしくない?」というところは指摘し合える存在で
困ったら助け合い、慰め合い、褒め合い、高め合える存在だと思います。
過去があったからこそ、そういう存在になれたんだと思っています。
そういう友達は一生大切にしていきたいと心から思っています。

一方で「いじめられた側は一生覚えている」という言葉もあるように
私が壊してしまった関係もあります。再度構築できるとは思いません。
私は私でこれからもずっとその子たちに罪悪感を持ち続けていきます。

当時の私は、こんな人間関係でいざこざばかり起きる生きづらさの理由を
ちゃんと理解できていませんでした。
「自分の性格が悪いんだ」「自分が周りの子より足りない部分があるんだ」
そう思っていた頃、
初めて"毒親"という言葉を知ることになります。


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