ストリート オブ アシッドレイン
『システムに見放された下層域の青春』
【ジェシカ・最下層に生きる少女の物語】
これは、サイボーグ・グラフィティでは描かれていない、都市の影の物語。

ストリートのほぼ中央に、黒いビスチェに身を包み、ボディピアスにリボンを組み込んだ少女が一人。
誰かを待っているらしく、オッドアイの視線が彷徨う。
口元から覗く二枚の舌。
スプリットタンの舌先で、彼女は自分の唇を舐めた。
『あたしはジェシカ。
この街で生きる、ストリートチルドレンの一人。
こんなあたしだけど、彼氏もいるし夢もある。
最下層にいるけど、負け組なんかじゃない。
街で一番大きなVRステージで、ダンサーとして踊る事。
あたしの身体も、そこいらの連中同様に義体化されてる。
性能的に良いとは言えないけど、それでも生身の人間には負けはしない。
最高のダンスで、クイーンの座を勝ち取ってみせる。
今日のデートで、あいつ、ロットにもそれを伝えるんだ』

彼氏だというロットの姿は、ストリートの中にはまだ見当たらなかった。
時間的には、まだ少し余裕がある。
しかし、落ち着かない様子のジェシカは、まるで何かに操られるかのようにステップを刻み始めた。
彼女の義体は、彼女の表現力を数十倍に拡張していた。
『うん。これっていい感じ!
この感覚、手ごたえを掴めたかも。
すべての課題はSBに入ってる。
大丈夫、失敗なんてありえない!
あたしは自分を、自分の義体を信じる!』
そして彼女は、人通りのなくなった歩道のステージで、オーディションの演技を終えた。

それから時間はどんどん過ぎて行った。
ロットの姿は、まだ現れない。
約束の時間は──
くすんだ鉛色の空から、いつも通りにアシッドレインが降り始める。
ベンチに座り、うなだれるジェシカ。
『なんでだよ……今日は、あたしに渡したいものがあるって。大切な話があるって……
あんたが誘ってきたんじゃないか。
ロット……早く来てよ。
あんたに──逢いたい」
降りしきるアシッドレインの中、虚しく時が溶けていく。
生身の身体が空腹を覚えるように、
義体と生身の融合を維持するために、彼女はアシッドを体内に取り込んだ。

どれだけ待っても、彼は来ない。
アシッドレインが義体に滲みこむ感覚は、待つ者の辛さと虚しさを増幅させていた。
ジェシカは孤独に耐えて、ロットを待った。
きっとくる、そう信じて。
だが──
近くでSPの警報が鳴り響いた。
複数の武装警官が、こちらに向かって走って来るのが見える。
『また、どっかの馬鹿どもが、縄張り争いでもやらかしたんだね……
けど、これなんだか、ヤバそうじゃない?
ここにいたら多分……仕方が無い、捕まってたまるもんか!
でも……このツケ、絶対に払わせてやるんだから!
ロットの──バカー!』
ジェシカはベンチから立ち上がると、SPから逃げるようにストリートの中を進んでいった。
人の行き来が多い道の中でネオンの光を背に受けながら、その肩にわずかな寂しさをのせて……
(END)
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