SF短編小説「ミライノネガイ」
【ミライノカタチの前日譚です】
街中の大通りから、3丁目の商店街に続く道を5分ほど歩いて行ったところに、その小さな家電店はありました。
有栖堂家電店。
町内では比較的新しく開店した、個人経営の家電店です。
店長つまり社長と、従業員が一人。
のんびりした雰囲気の町中で、やはりのんびり経営しているお店でした。
従業員の小宮山友夫、通称ふぃり夫さんは今日もニコニコ、元気に店の前を箒でキレイに清掃中。
午前中の日差しは優しく、吹いてくる風も心地よく穏やかでした。
通りを行く人もまばらで、有栖堂家電店を訪れたお客様もまだいません。
ふぃり夫さんは黙々と掃除を続けます。
さっささっさ、さささっさ。
あらほらさっさ、ほいさっさ。
店先キレイになりました。
次は店のガラス窓。
雑巾手に取り、ゴシゴシ、キュッキュ。
あっという間にピッカピカ!
見た目オネェのふぃり夫さん。
ハウスキーパー検定2級の実力です。
お掃除ロボには負けません。
店先の清掃作業を終えたふぃり夫さん。
ふぅっと大きく息を吐き、額の汗を法被の袖口で拭います。
トレードマークの黒縁メガネをクイっと上げて、店先に向かい指差し確認行います。
「清掃よし、窓ふきよし!」

それから日課になっているセールストークの練習です。
「あなたの街の有栖堂。親切モットー有栖堂。家電のお困り当店へ。丁寧対応いたします。家電の事なら有栖堂、あなたのお店有栖堂家電店」
ながぁ~いトークを嚙まずに言えたふぃり夫さん。
小さくガッツポーズで締めました。
「さてさて、今日の作業に取り掛かりますか~。あぁ、卍屋さんとこのエアコン、ぶっ壊れちゃったって言ってたっけ。午後からカタログ持って行ってみるか」
ポケットからメモ帳を取り出して、そこに予定を書き込みました。
デジタル家電を取り扱ってるお店の店員、思った以上にアナログです。
そして一通りの作業を終えて店内に戻ろうとした、その時でした。
ブォンブォン……ジジジ、ブォォ……
みゃぁーん、にゃぁ~ご、みゅぅぅ……
明らかな機械の駆動音と一緒に、ネコの鳴き声が聞こえてきました。
「はて?猫の鳴き声がするのに、機械の動く音。これは一体……!」
ふぃり夫さん、家電屋の店員センスがピンと働きすぐに行動開始です。
「ネコちゃん、どこですか?コワい事しないからこっちに出ておいで~」
優しい、まさに猫なで声でネコちゃんを呼びました。
「お腹が減ってるのかなぁ~?」
店の周りを、腰をかがめて歩きます。
そして、となりのまんじゅう屋の店と有栖堂の間に、仔猫が一匹うずくまっているのを見つけました。
「おやまぁ、この子は……!」
ふぃり夫さんがそっと手を差し伸べた先にうずくまっている仔猫。
その仔猫のまぁるい目玉は、機械で出来た目玉でした。
そこにいるのは、機械仕掛けの仔猫の様でした。
機械の目玉が怯えたように赤くチカチカ点滅し、ふぃり夫さんに向かって鳴き声を上げていました。
悲しそうな鳴き声を上げる、機械の仔猫。
悲しそうにそして、少し怯えたような様子の仔猫に向かって、ふぃり夫さんは更に優しく語り掛けます。
「大丈夫、大丈夫だよ。今、キミを助けてあげるから。私と一緒にお店に行こうね」
仔猫は怯えるあまり、小さなお口を大きく開けて、ふぃり夫さんに向かって威嚇します。
「おやまぁ、行動プログラムにも変調が……まさかそれが原因でお前は捨てられちゃったのかい?」
仔猫に引っ搔かれるのも構わず、ふぃり夫さんは仔猫をそっと抱きかかえました。
その仔猫は少し前に世間で大流行りした、TONY社製の高性能AI搭載の、仔猫型ペット用アンドロイドでした。
ペット用のアンドロイドたちは飼い主が負担を減らすため、大人しく優しい性格に調整されているはずでした。
生きものらしい特徴は装備されていますが、決して人間に対して攻撃的な行動をとることは無いのです。
でも、いま抱きかかえている仔猫は明らかに恐怖心を持ち、人間に対して攻撃的な反応を示しています。
それはすなわち、行動プログラム的エラーが発生した、不良品と呼ばれる存在です。
仔猫の腹部をチェックすると、それはとても古いタイプの、それも既に廃番となっているシリーズの仔猫の様でした。
奇妙な事に、メーカー側からこのタイプの「製品」にエラーが出たという報告は無く、リコール通知も来ていません。
なのでふぃり夫さんは自分の判断で仔猫を保護し、自ら修理する事にしました。
仔猫を抱えて店内に戻ったふぃり夫さん、家電修理の作業場に仔猫を連れ込んで、作業台の上にそっと寝かせました。
仔猫の目玉の光が消え、ミュゥゥ……と一声鳴いた後、作業場には沈黙が訪れました。
手際よく、でも優しく丁寧に仔猫の身体のパーツを外していきます。
やがて、その心臓部ともいえる基板を仔猫の身体から取り出すと、慎重に修理作業を始めます。
愛用のPCや様々な計測機器に基盤を接続し、両手にピンセットやらはんだごてやら……さながら手術場でメスを振るう医者の様です。
「大丈夫だからね。すぐに良くなるよ。そしたら……君の為に、里親さんを探してみよう」

基盤の修理が終わった後は、仔猫の本体の治療に取り掛かります。
目玉のランプを新しいものに変え、破れかけたフェイクファーを高級マッサージチェアから流用し、見た目は新品同様です。
作業はどんどん進みます。
コチコチ、コチコチ……壁掛け時計が時を刻みます。
コチコチコチ……さらに時は進みます。
コチ。
「はぁ~、修理……いえ、治療は上手く行きましたよ。後はこれをキミの中に戻して、新しい電池を入れれば終わりです」
ぱちん、と基盤をセットしてお腹のカバーを閉じました。
しっぽの付け根にあるスイッチを入れると、ピロロン!とシステムの起動音がして仔猫の瞳に光が灯ります。
仔猫は一声、にゃあーんと鳴きました。
献身的なふぃり夫さんの努力の結果、仔猫は無事に復活しました。
「さて、怪我が治ったばかりですが……リハビリを兼ねて少し散歩でもしてみましょうかね」
有栖堂家電店の社長で店長の安辺(やすべ)さん、今日は午後から出社の予定です。
社長が出社してないので、店を空ける訳にはいきません。
そこで店先で仔猫の動作をチェックします。
「さて、キミの名前は……ああそうだね。新しい飼い主さんに付けてもらうのがいいよね」
自分がこの子の里親になる訳ではないので、名前を付けるのは『保留』にしました。
ふぃり夫さんは、仔猫の動きをいくつか確認すると、満足げに頷きその小さな体を抱き上げると店内に戻ろうとしました。
ブッブー!
それほど広くはない商店街の通りを、1台のワゴン車が走って行きました。
その車体には『TONY社』のロゴが書かれていました。
「!!!」
ふぃり夫さん、ちょっとびっくり。
通り過ぎる間際に見えた車中の人物。
その二人の表情が、妙に焦っている様に見えました。
早口で何かを喚いているようでした。
それを見ていたふぃり夫さん、ポツリと呟き目を伏せます。
「君を生み出した会社の人達、なんだか焦ってたみたいだね。でも君を探して走ってた訳じゃない」
仔猫アンドロイドが目的なら、ふぃり夫さんが抱いていたのですから彼らの目にも留まります。
ワゴン車が通り過ぎる直前、サイドミラーに一組の中年夫婦の姿が映っていました。
仔猫を抱え店内に入っていく途中、先程の夫婦がふぃり夫さんとすれ違います。
夫婦はふぃり夫さんに頭を下げ、にこやかな笑顔を浮かべて通り過ぎていきました。
「仲の良いご夫婦ですねぇ。私も安さんとあんな感じの……」
そう言うとふぃり夫さん、急に顔を真っ赤にしながら店内に駆け込みました。
その後お昼の休憩時間を挟んで、ふぃり夫さんと仔猫の和やかな時間がゆったり流れていきました。
仔猫に向かってふぃり夫さん、沢山言葉を投げかけます。
仔猫には超高性能AIが搭載されており、それに組み込まれた人語学習機能によって、幼児が言葉を覚えていくように、人語も話せる能力が備わっているのでした。
もちろんふぃり夫さんはそれを承知しています。
それを知っての上での、人語教育を行ったのでした。
アンドロイドの仔猫を飼うような人ならば、その仔猫が人語をしゃべろうと気にするなんてありえない。
そう考えたからでした。
ひとしきり仔猫と戯れ、午後の仕事が始まりました。
社長の安さん、出社です。
「おはよう、ふぃり夫。確かこの後、外回りだったな」
「あ、安さんおはようございます。ええ、これから卍屋さんに行ってきますよ。今日は商談で終わると思いますけど」
「頼むわ。あそこは長年のお得意様だから、失礼の無いようにな」
めったに失敗をしないふぃり夫さんですが、一応念の為と声をかける安さんでした。
「行ってきます」
ふぃり夫さん、仔猫も一緒に社用車に乗り込み走り出します。
購入してから15年、オンボロライトバンがドゥルルドゥルルと出発です。
最近注目の自動運転浮遊走行車など資金的に手が出せない、貧乏会社の有栖堂。
卍屋さんに到着して、仔猫は大人しく車内でじっとお留守番。
ふぃり夫さんが戻って来るのを待っていました。
『ふぃり…夫。ぼくを直してくれた……人。ぼくは……猫。ぼくは、ぼくは……機械の猫』
機械の仔猫の電子頭脳の中で、新しい「自分」が生まれようとしていました。
仔猫は車内で大人しく眠っていました。
そして商談を終えたふぃり夫さんが戻ってくると、彼は仔猫の身体を優しく撫でました。
「うんうん。いい子にしていたようだね。店に帰ったらご褒美に、ネズミのおもちゃを上げるからね」
機械の仔猫にも情操教育は必要でした。
高度なAIが、生きものとしての基本的な行動を再現していたからです。
それは、飼い主との触れ合いの為にも必要な機能だったのです。
有栖堂の店舗に帰ってから、日も傾き閉店時間が近づいていました。
「ああ、そうだ。仔猫の里親探しをしなくちゃいけない。まずは張り紙を張ってみるかな」
そしてふぃり夫さん、まずまずのセンスで、仔猫の里親探しのポスターを描き上げました。
ポスターを、入り口のガラス窓に貼り付けます。
「君の新しいご両親、早く現れるといいんだけど」
仔猫の脇を支えて持ち上げ、じっと顔を見つめるふぃりおさん。
なぜかちょっと寂しそう。
「とりあえず、今日はぼくの家でお泊りだから」
そして仔猫と一緒に自宅に帰ったふぃり夫さん、仔猫に精一杯の愛情を注ぎ、夜の眠りにつく時も仔猫といっよにベッドの中で、幸せな夢を見るのでした。
次の朝、ふぃり夫さんは仔猫に顔をなめられて目を覚ましました。
「ふふふ。くすぐったいですよ。ああ、私を起こしてくれたんですね。ありがとう」
仔猫にアンドロイド用の疑似動物餌を与え、自分も手早く身支度を整え朝食をとりました。
「さて、今日も元気にお仕事ですよ。君も一緒に連れて行ってあげるから、とりあえず看板猫として振舞ってくださいね」
何気に言ったつもりの彼ですが、何と仔猫はこれに反応して人語ではっきり言いました。
「……解かったにゃん。ぼく、ふぃり夫さんのお役に立ちたいにゃん」
これにはふぃり夫さんもびっくり。
まさかまさかの、天才仔猫の誕生です。
驚き桃の木……と、目を丸くしてふぃり夫さんは店内に入って今日の仕事に取り掛かるのでした。
いつも通りに店先に立ち清掃作業。
その傍には、仔猫が口に雑巾をくわえて待ってます。
「あなたの街の有栖堂~。家電の事なら有栖堂~」
キャッチコピーを歌いながら、ふぃり夫さんは今日もハウスキーパー2級の実力を発揮します。
仔猫の瞳がピカピカサーチモードで光ります。
「ふぃり夫さん、右上立て看板の後ろにゴミ発見」
残ったゴミも見逃さない。
仔猫の活躍にふぃり夫さん、大満足でした。
一通り朝のローテーションが終わった時。

「あのぅ。すみませんが、この子猫。ポスターに描かれている里親募集の仔猫ちゃんで間違いないですか?」
どこかで見た感じの中年夫婦が話しかけてきたのです。
ちょっとびっくりふぃり夫さん。
一瞬何のことかと耳を疑いますが、すぐに思い出し夫婦を店内へと案内するのでした。
「どうぞおかけください……狭くて申し訳ないですけど。あ、今お茶をお出ししますね」
「いえいえ、お構いなく。私共、この子猫ちゃんに一目惚れしちゃったんですの」
ご婦人が瞳をキラキラさせて言いました。
見たところ中年の様ですが、若い娘さんのようなの雰囲気の女性でした。
「私共には子どもが居ませんのでね。せめて小さな動物に愛情を注いでで暮らしたいと思いまして」
ご主人がにこやかにそう言いました。
こちらもまるで年齢を感じさせない、不思議な男性です。
どちらも柔和な顔つきで、髪の毛にはあちこち白髪が見られます。
ふぃり夫さんがテーブルに湯飲みをおきくと、二人は軽く頭を下げ、また話し始めるのでした。
「……ええ、家にはこの子が遊ぶ為の十分なスペースもありますし、近所には私共の住居以外はございません」
「はぁ、そうですか。では、ペット飼育条例に関する問題はクリアですね。あ、ご存じかと思いますがこの条例は電子ペット、機械ペットにも適用されるんですよ」
意外と社会通念、コンプライアンスにも詳しいふぃり夫さん。
ご夫婦に淡々と、ペットに関する説明を進めます。
ペットショップの店員も務まりそうです。
「はい。以上がこの子に関する説明となります。ただ……一つだけご注意申し上げますが」
最後にふぃり夫さん、言葉を濁して暗い顔になりました。
「なんでしょうか?」
ご婦人が心配そうに尋ねます。
「実はですね……この猫ちゃん、今は世間に流通してない、廃番のモデルなんですよ。つまりメーカーの保証も受けられません。それでも……飼われますか?」
「ええ、構いません。最後まで、この子の面倒を見ますよ。私達ならそれが出来る」
ご主人胸を張って答えます。
「それに万が一の時には、こちらに連れてくれば良いのですよね?」
中年夫婦の押しは強かった。
そういう訳で話はまとまり、仔猫は夫婦に連れられて店を去っていきました。
別れの間際にふぃり夫さん、仔猫に語り掛けました。
「達者で暮らせよ。そして、こちらのご両親に沢山可愛がって貰うんだぞ」
ふぃり夫さんの目にはキラリと光るものが一滴。
仔猫がそれに答えて言いました。
「ふぃり夫……ぼくが居にゃくなっても、元気でいてくれにゃん」
「ううう……うわぁぁん!」
ふぃり夫さんの涙腺が崩壊しました。
店の前に、個人所有の浮遊車両が止まっています。
どうやら夫婦の所有物の様でした。
(なるほど、かなりのお金持ちなんだなぁ)
ふぃり夫さんは夫婦の身なりなどからもかなりの富裕層なのだと考え、それならあの仔猫も幸せに暮らせるだろうと胸をなでおろしていました。
彼らが去った後、ふぃり夫さんはとぼとぼと力ない足取りで、店の中に戻っていきました。
社長の安辺さんは急用で地方に飛んでおり、店に帰るのは遅くなると言っていました。
昼休み、ランチを寂しく食べた後ソファにごろりと転がったふぃり夫さん、なぜか急な眠気に勝てなくなり、そのまま眠ってしまいます。
事務所の小さなTVはつけっぱなしです。
そのTVがとあるニュースを流していました。
『TONY社の実験棟から逃走した、男女二体のアンドロイドは未だ行方がつかめていません。2体のアンドロイドはAIに不具合があり、修理を予定していたとのことです」
そしてそのアンドロイドの映像が映し出されました。
二人は有栖堂家電に訪れた例の中年夫婦にそっくりだったのですが、眠りに落ちたふぃり夫さんはそれに気づくことはありませんでした。
仔猫が無事に引き取られ、寂しいながらもその幸せを願うふぃり夫さんなのでした。
(おしまい)
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『作者の呟き』この話は以前公開した「ミライノカタチ」の遥か過去にあった前日譚と言う設定になっています。作中のふぃり夫こと「小宮山友夫」は別作品からのコラボ出演となっています。彼に関する物語も、機会があったら完結させたのち、ご披露したいと思います。(また未完成放置作です)ミライノカタチはセカイ系の破滅ものですが、こちらはしっとりと哀愁漂う作品にしてみました。
今回も読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。<(_ _)>
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それではまた次の記事でお会いしましょう。
See you again !
『こちらの作品もよろしくお願いします』
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