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「新人なのに何プライド持ってんの」…初インタビュー”失敗”で得たキャリアの3か条

初めて自分がインタビューをした時のことは忘れません。事前準備にいくら時間をかけたらよいのかわからない不安。インタビュー中に質問が思い浮かばない恐怖。「勉強不足だと思われたらどうしよう」という心労。「これ記事になんのかな…」という心配。「記者然」とふるまえているのかという緊張…………………あ、これ、無限にかけますね。すいません。本論に入ります。僕のネットニュース記者としてのキャリアを振り返るコラム3本目は、「インタビューデビューで学んだこと」です。

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新人記者、ものすごいニッチな業界団体を取材する

僕が初めてインタビュー取材をしたのは、当時発足したばかりの「とある業界団体の会長」でした。

折よく開催された結成パーティーに記者として招待されていたのがきっかけで名刺交換をし、上司からも「じゃあ初めてのインタビュー、よろしく!」と送り出されたのでした。

「とある業界団体」と書きましたが、率直に申し上げて非常にニッチな団体ではあり、まさに専門媒体ならではのインタビューではあったのですが、それだけに困ったのは「事前の情報収集」です。
もちろん、ホームページを見たり、書店で近しいテーマについて触れている本がないかは探したりしたのですが、知りたいことが網羅的にまとめられたものはない状態。当時はSNSもmixiくらいしかなかったのでうまく活用できず、かなり心もとない状態で、インタビュー当日を迎えることになってしまいました。

初手の質問で「つまずく」

インタビュー当日には、直属の上長も同席してくれました。

まず僕がした質問は、「そもそも貴会が扱っている○○って、何ですか?」というもの。すみません、具体的な相手がいる話なのでだいぶぼかしていますが、仮に相手が日本”プロレス”協会だとすれば「そもそもプロレスって何ですか?」みたいな質問を投げかけた格好です。すさまじく初歩的です。

この初手の質問が、同席していた上司をものすごく心配させたようで、取材後に「あれはわざわざ会長をインタビューに呼び出してまでするような質問じゃないよ」と笑われたのを覚えています。

取材相手である会長は、そんな無知なポンコツ新人業界紙記者に対し、業界構造の基本のきから、今何が問題になっているのかまで詳細に語ってくれました。60代くらいの、普段は某大手企業の社長を務められている方でした。

こちらから投げかけた素っ頓狂な質問にも丁寧に、しかし朗らかに話してくれる取材相手。

ただ、しかし。

僕の頭の中はそれどころではありません。

事前の情報収集もできていませんし、内容が非常に高度(マニアック)なことも相まって、話を理解するのに精いっぱいで、次の質問が浮かばないのです。

「事前に作った質問リストがものすごい勢いで消費されていく。まずい。やばい。やばい。やばい!次の質問が浮かばない!やばい!やばい!!沈黙怖い!え、まだ始まってから15分?!まだ取材時間たっぷり残ってる!!」

頭の中で、大音量で警報が鳴り響いているような感覚すらありました。

その時の僕は会話を成立させるのに必死で、「どうしたら記事になるような情報が集められるか」なんてことにまで、たぶん意識は回っていなかったと思います。

相手が主導権を持っていたので、話題はどんどん難しく・専門的になり、「記事にできないような細部の話」に及び始めていました。

今思えば、専門的・個別的すぎる内容に対してはもっと素直に、素朴な疑問を投げ掛ければよかったのですが、当時の僕はそれが怖くて、できませんでした。業界歴が短かったこともあって、「何がこの業界の常識(聞くと恥ずかしい質問)」かがわからず、「勉強不足だと思われたらどうしよう」「変なことを聞いて怒られたらどうしよう」といった感情に支配されていたのです。

上司の助け舟で九死に一生

そのとき、苦戦する僕の様子に気づいたのか、上司は横からすかさず、様々な角度で質問を重ねてくれました。

・現状の一番の課題は何か
・この業界団体の設立が、消費者にどのような意味を持つのか
・今後どのように発展していく考えか
・国やほかの企業との連携策はあるか

みたいな感じだったような気がします。

もうなんつうか、頭の中で「援軍じゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」と、心底安心した覚えがあります。そこから先は上司が話題の主導権を握り、何とか1時間の取材時間が終わりました。

「あーつらかった。おわった」。

かっこ悪いですが、それが僕の初取材の「率直な感想」でした。

「インタビューデビュー」での反省

最終的にこのインタビューの記事は、上司が質問して書き出した内容を中心に構成されることとなり、僕がした質問のほとんどは、何の成果も生み出せませんでした。

というか、当然ですよね。僕の質問は単に相手に合わせて聞いているだけ。読者も不在で、場を取り繕うのに精いっぱいだったのですから。

今思えば上司の質問もある程度テンプレ的ではありますし、すごく初歩的なことではあるのですが、それだけに「なぜ自分には、上司が投げかけたような初歩的な質問すらできなかったんだろう」と、がっかりしたのを覚えています。インタビューの音源を聞きながらも、「なんでここを聞かなかったんだろう」「どうしてこの時、理解できなかったのにごまかしたんだろう」と反省の連続でした。

原稿をデスクに提出した後も、「ここどういう意味?」「何言ってんのかわかんねえよ」と言われる個所は大概、僕自身もよく理解できていない部分であることが多く、「なんでもっと素直に質問しなかったんだろう」という反省が去来しました。「ああごめんなさい早く楽にしてください」という気持ちでいっぱいでした。

「まだ若いんだからさ、失敗していいんだよ」

一連の取材を終えた後、取材に同席した上司から言われた一言は、今でも忘れません。

「新人なのに何プライド持ってるの。まむし君は若いんだからさ。わからないことを『わからない』って言っても許される部分はあるよ。だから今たくさん「わからない」って言って、いろんな人に多くを教わっておきなさい。真摯にやっていれば怒られることはないし、失敗したって『まあ若いしね』で終わる。今はそれが一番大事だから。

その代わり、いつかまむし君自身がキャリアを積んだら、同じように『わからない』っていっている相手には優しくしてあげて。世の中ってそういう風に回っているんだと思うよ」

業界紙記者として僕が見出した「生存戦略」

そんなこんなで、僕にとっての「初めての取材」における反省点は数多くありました。逆に言うとその反省から、僕自身その後に生きるいくつかの指針が形成されていきました。要するに、こんな感じです。

①ニッチな業界なので、ネットを見ても書籍を見ても事前の情報収集がしづらい(※当時はSNSも盛んでなかった)。インタビューの貴重な時間を初歩的な質問に充てるのはもったいない。
→ 自分の「分からないこと」をフランクに聞けるような人脈をつくっておく

②わからないことを「わからない」と認める。なあなあにしない。

③若いうちだからこそできる挑戦は、早めにしておく
→ 失敗しても「あいつはまだ若いから」と年齢のせいになる時期に、失敗できるだけしておく


取材未経験の後輩の取材デビューの同席をするとき、僕はかつての上司を憑依させて、話をするようにしています。そして僕に対して初歩的な質問を投げかけてくる(けど一生懸命な人)に対しては、なんでも快く答えるように心がけています。

自分を顧みるチャンスをくれた上司や、僕のつたないインタビューにいやな顔せず応じてくれた取材相手には今も本当に感謝していますし、当時があったから僕は、今みたいに働けているんだなあと思います。

なんか、勢いで書いてしまいました。いろいろあったけど、充実してたんだなあ。

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