「記者は売上なんか考えるな」…メディアとノルマの関係性
企業に所属している以上は、何らかのビジネスモデルの中に身を投じ、活動することを求められます。僕自身も、もう10年以上前ですが、ネットニュースで記者職として働いていたころ、会社からノルマが与えられて記事をつくってきました。
ただ、今思うと当時の編集部の「ノルマ」への向き合い方ってちょっと独特だったような気がしており、今回はその話をしてみようかなと思います。10年以上前の話ですが、今も恐らく伝統的なメディアの、特に報道系の部門はこんな感じなんじゃないかなぁ…とも想像しながら。
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経営層に詰められる編集長…メディアに課される「会社からの期待」

僕が働いていた当時、会社が媒体に期待していたのは「広告収入の確保」と「自社事業への送客効果」。
そんなこともあって、編集部には大きく「ページビュー」と「会員登録数」がノルマとして課せられていました。編集長は常にこの2つの指標を経営層に報告し続けていたのですが…なかなか目標達成ができず、いつもフルボッコに。普段はとても強気な編集長が、経営者に向かう時だけやけに弱気だったことを、切ない気持ちで見ていたのを覚えています。
ネットニュースの記者たちに割り当てられた「ノルマ」
媒体のページビューと、会員登録数をどう伸ばしていくか。
現場の記者たちも、そんな全体方針に揃える形で、「記事の本数」と「ページビュー」の2点をノルマとして追いかけていました。
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いや。
「追いかけていた」という表現は適切ではないかもしれません。
「気を付けていた」という方が実態には近いような気もします。
というのも、そもそもニュース記事というのは基本的に「本数を増やそう」とか、「ページビューを増やそう」と思いながら作るというよりは、「何か事件・重大な出来事が起きたら速攻で対応する」という形態になりがち。
「成果から逆算してアクションを組み立てる」というよりは、「何かしらの出来事が起こるのを待つ」という側面が強い。その「何かしらの出来事」が起こったときに早く・深く情報を届けられるよう、常日頃から地道に周辺の取材を重ね、知識をはぐくんでおくのが基本動作になりやすい面があります。
それから、KPIに紐づく行動がとりづらいもう一つの要因として、「記者の専門領域」の問題もありました。
記者は一人ひとり、「自分はこのトピックを追いかけ続ける」というような担当分野を割り当てられるのですが、当然ながら専門分野によってPVの稼ぎやすさも変わってきますし、「新しい話題(事件)の起こりやすさ」も大きく変わってきます。
例えば僕自身は最初、「献血」などの領域を担当し、日夜情報収集をして「ニュース」を報じる努力をしていましたが、この辺ってなかなか変化がないですし、ドストレートに「献血が足りていません」とか「血漿分画製剤とは何ぞや」みたいな記事を書いても、そう簡単にPVは稼げません(社会的な意義はあるけれど)。かつ内容が高度になりがちで、結構な事前の情報収集・表現の細部への配慮が求められます(要するに書くのに時間がかかります)。
逆に、感染症の情報(インフルエンザの流行情報など)は公的機関が毎日のようにリリースを出してくれますし、ヤフトピにも掲載されやすい。しかも、記事の内容としても、「何県でインフルの注意報が出ました」みたいな、本当に数百字レベルで一本書けてしまうので、本数とページビューの両面でめちゃめちゃ効率の良い担当カテゴリーだったのです。
かといって、「ページビューが稼げないから、このテーマを追いかけるのはやめよう」というのも、報道媒体としては取りづらいアクションではあり、「社会的な意義があるからこそ、行動修正がしにくい」という側面もあったように思います。
「ノルマのために記事を書く」人はいなかった

そんなこんなで、
「そもそも我々は、ページビューを稼ぐために記事をつくっているわけではない」
「何の領域が担当かによって本数・ページビューが大きく変わってくる」
みたいな認識を記者たちも強く持っていたので、個々人に課せられたノルマも徐々に形骸化していきました。ノルマの達成率よりも、記者同士で「あの記事は良かった・こうすべきだ」みたいな、お互いのフィードバックの良しあしの方がよほど日常的には重要で、それを一番の「仕事の成果」としてとらえていたところが、僕自身もあったように思います。
「もちろんページビューが稼げたらうれしい。でも、稼げなくたってしょうがない。自分たちは社会のために記事を書いているんだ」という認識は、一種の倫理観ともいえるので、否定しえないものでもあります。
編集長も、ノルマに達していないことは経営層にたびたび指摘されていましたが、それによって編集方針を崩すことはなく、「報道機関としての矜持をもって記事を書き続けること」を現場記者たちには求めていました。
「記者は売り上げのことなんて考えるな。読者と社会のことを考えろ」
というのが、編集長がたびたび語ってくれたことでした。あんなに経営層からコテンパンにされていながらも、すごいガッツだ…と思っていたのですが、今思うと、「それ以外の方法が分からなかったかもしれない」とも思います。今から10年以上前の当時は、ネットニュースも黎明期。SNSもありませんでしたし、どうしたらページビューが稼げるかとか、そういうことも今ほど科学されていませんでした。
「ノルマなんて気にしない」環境で得たもの

今振り返るといくつかツッコミどころもありそうには思うのですが、こうした環境でスキルを磨いたこと自体は、僕のキャリアにおいてとてもよい影響があったという風に考えています。ページビューを強く意識しなかったことによって、業界への理解や、問題意識を醸成していくこともできましたし、記事のクオリティもどんどん高まっている実感はありました。
しかし、経営者からしてみると、ページ数が目に見えて増えているわけでも、新規の会員登録数がぐんぐん伸びているわけでもない。ドライにビジネスとしてみると、投資対象になりづらい状況が生まれてしまっていました。それがやがて、僕が一社目を退職する経緯にもつながっていきます(また書きます)。
今回ちょっと話がそれてしまいましたが、10年前、こんな感じの環境で記者として働いていた僕は、「ページビュー」や「本数」を目標に割り当てられていながらも、けっこう自由に(「社会的に必要だと思うかどうか」という軸で)企画を考え、記事を書き続けていました。
その過程で数多くの取材相手に出会い、この業界において情報発信をし続けることの重要性に目覚めていきます。次回はそんな感じの話を書こうと思います。
▼次回の記事
