見出し画像

【小説】noise-ノイズ 第1話|創作大賞2026

【あらすじ】
20年前、初恋の彼がくれたMDは「拒絶」のしるしだった。
39歳の海堂ミキは、同窓会で人気バンドS.O.Sのボーカル・元木蒼空と再会する。高校時代から彼を追い続けてきた最古参のファンであるミキは、20年の時を経て彼と恋人関係に。しかし心に深い孤独を抱える元木との間には、目に見えない壁があった。20年前、初恋の彼がくれた一枚のMD。彼にとっては思い出したくもない過去の象徴でも、ミキにとっては唯一自分で選んだ宝物だった。
すれちがいから始まった不器用な二人の関係が、長い年月を経て交差する。

全17話・約43000字


 39歳になったいまも、初恋をまだ忘れられないでいる。

 コンビニの雑誌コーナーでミキは立ち止まった。いつもなら梅おにぎりとツナマヨ、ジャスミン茶を買ってすませるだけの昼休み。「人気バンドS.O.S 活動休止か」のコピーが目に飛び込んできた。ミキは週刊誌を手にとり、昼食と合わせて購入した。

 会社には戻らず、急いで公園に立ち寄る。ベンチに座り、雑誌を取り出す。表紙にはボーカルの元木もとき蒼空そら、キーボードのSouソウが映っている。

 活動休止。
 そんな話は、ファンクラブの中でも出ていない。

 きっと、週刊誌特有の煽りキャッチコピーで、内容は噂の域を出ないものだろう。それを確かめるために、ミキは週刊誌を買ったのだ。

 だが、週刊誌の記事はなかなか真に迫っている。以前から囁かれていた元木蒼空とSouの不仲説。音楽性の違い。デビュー当時から現在に至るまで、彼らの辿ってきた道のりを、「音楽関係者A」の証言をもとに構成されていた。

 ――元木くんが、活動休止?

 読み耽っていると、あっというまに休憩時間が終わりに近づく。ミキは慌てておにぎりを口に押し込み、雑誌をビニールの袋にしまった。

 ミキの職場は都心のオフィスビル街の一角にある。大手化粧品会社の経理部がミキの職場だ。営業や商品開発部のメンバーは華やかだが、経理部のフロアになると急に事務職らしい堅苦しい雰囲気になる。縦型のロッカーにバッグを入れようとしたところで、同期の高瀬葉月たかせはづきが目ざとくミキの雑誌に目を止めた。

「何、その週刊誌。珍しい」
「あ、これは……」

 コンビニのビニール袋から政治家の顔と裏金問題を煽るコピーが透けてみえている。しかしその下にある文字を、葉月は読み上げた。

「えっ? S.O.S解散するの?」
「しないよ」

 ミキはつい声が大きくなる。
「活動休止かも、って記事。でも以前からそうやって言われてるんだよね。今回のもガセネタだよ」

「とか言いながらしっかりチェックしてるじゃん。元木くんのこと」
 葉月は意味ありげな含み笑いをした。
「そんなんじゃないって」

 ミキと葉月は高校の同級生だ。そして、実は元木蒼空も、同級生だった。

 しかし元木は高校を中退、それから誰とも連絡を取り合っていなかった。S.O.Sというバンドがメジャーデビューして、そのボーカルが「あの」元木ではないかとの噂が同級生のあいだで広がった。

 でもミキは、皆が気づく前からずっと、元木の活動を追っている。ミキは元木がインディーズで活動していた頃から、密かにCDを買っていたのだ。

 高校卒業後から二十年。同級生はみんな元木の存在など忘れていただろう。でも、ミキは違った。

「元木くんといえば、今度の同窓会。宮原が、『なんとしても呼ぶからみんな来い』ってはりきってるよ」
「うそでしょ?」

「無理に決まってんじゃんねえ。今や大スターだよ。あの元木くんが、同窓会なんかに来るはずないって」

 葉月は化粧ポーチを手に、早くしないと課長がうるさいよ、とロッカーを閉めた。ミキも同じように、雑誌をロッカーに押し込み、席へ戻った。

***

 高校の同窓会に行く――というのは、いったいどんな動機があるのだろう。親しかった友人と再会するため? 恩師に近況報告したり、旧友とのつながりを復活させて仕事に活かすとか? どの理由も、ミキにはあまり魅力的ではなく、高校卒業からミキはいちども同窓会に参加したことはない。

 ただ、事情がいつもとは違ったのは、昨年の同窓会で再会したクラスメイトが結婚したというニュースだった。同窓会は婚活の場になりえるのだ。よく考えてみれば、得体の知らない異性と合コンするよりも、同窓会のほうが相手の身元が知れている。

 それに――今年は元木が来るかもしれない。確約ではないが、宮原が言うのだからそれなりにツテがあってのことだろう。

 宮原一真みやはらかずまはテレビ局でディレクターをしている、と葉月が教えてくれた。昨年の同窓会も芸能界の話題でかなり盛り上がったらしい。宮原を介して、元木が同窓会に顔を出す可能性は、十分にありえる。……1パーセントくらいだが。

 たとえ宮原が敏腕ディレクターで、なんらかのコネクションを持っていたとしても、元木が同窓会に来るイメージがミキには持てない。なぜなら、元木は――いつも一人でいた。

 いまでも、ミキの心にある元木蒼空の姿は、人気ボーカルとしての元木ではない。高校生の元木だ。いつも昼休みには、校舎の裏で一人でベンチに座っていた、あの日の元木の姿だった。

第2話へ続く

マガジンはこちら↓


いいなと思ったら応援しよう!

菅野稀 | KANNO Mare いただいたチップは本の購入に使わせていただきます📗