【小説】noise-ノイズ 第2話|創作大賞2026
前回の話はこちら↓
大型連休の後半、都内のホテルで同窓会が開かれることになった。
ミキはフォーマルなドレスを新調した。ベージュのクラシックなワンピース。しかし、アクセサリーがどうしても決まらない。
首元にいくつか当ててみるものの、鏡に映る自分の姿に小さくため息をつく。いつの間にか、少し首が太くなってきた気がする。若い頃に似合っていた華奢なネックレスは、いまの肌に重ねるとなぜかチープに映り、かえって老いを引き立ててしまう気がした。
かといって、しっかり存在感のある大ぶりのものは、派手すぎて浮いてしまうのではないかと躊躇してしまう。
ワンピースと合わせてアクセサリーも店で購入しておけばよかったと後悔する。店員ならば、いまのミキに合うものを選んでくれただろう。ミキでは、自分に似合うものをうまく選べない。
しかし、出発の時刻は迫っている。いまさら店に寄る時間などない。
三段あるボックスの下段には、少し大ぶりのアクセサリーが眠っている。惹かれて買ったものの、会社にはつけていけず、めったに開けることのない引き出しだった。
大ぶりのパールとリボンを組み合わせたチョーカーがあった。旅先で、レストランに入る前に購入したものだった。旅のムードがミキの気持ちをいつもより高揚させていたのだろう、ふだんなら絶対に買わない、インパクトのあるアクセサリーだった。でも、ベージュのワンピースにはよく似合う。鏡の前で、これをつけていこうかと――ほとんど決めたとき、「そんなものは似合わない」とだれかの声が頭の中に響いた。
こんな派手なものを身につけていたら、周囲からどう思われるか。葉月にも笑われるかもしれない。いや、葉月はそんな嘲笑をするような子ではない。笑うのは、名前もない誰かだ。
ふと、引き出しの奥で何かがつっかえているのに気がついた。
指先で探り当てたのは、古い包装紙に包まれた平たい四角形。中を開いて確かめるまでもない。
それは、MDだった。ミキがあの日――高校生のあの日、元木からもらった大切なMDだった。
ミキはMDの包装紙のしわを丁寧にのばして、再びボックスにしまった。それから、やはり思い切ってチョーカーをつけていくことにした。
*
都内ホテルにはすでに多くの参加者が集まっていた。
葉月のドレスは黒いシックなロングスカート。背中のスリットがセクシーだ。ネイルも艶やかなグラデーション。ミキのチョーカーをみると、「いいね、それ」とさっそく褒めてくれた。
男性陣は、スーツが多かった。高校時代の面影はなく、誰が誰だかわからなかった。二十年という年月によって残酷なほど老けた人もいれば、まだ二十代かと思うほどの若々しさを保っている人もいる。ミキはどちら側の人間だろう。
数人の女性と話を交わしたが、それ以上積極的に会話をすることもなく、ミキは料理と酒を味わっていた。目はどうしても元木の姿を探してしまう。来るはずがない。わかっていても、期待してしまう。
宮原が数人に囲まれていた。元木くんは結局どうなったの、と問い詰められている。怒られているというより、イジられているというのに近い。宮原は、芸能人を呼べるだけの力のあるところを見せつけたかったのだろうが、大したことないじゃん、と揶揄われている。
宮原はそれでもときどき会場の隅でスマホを取り出し、どこかに電話をかけていた。そんな姿を見て、葉月がため息をつく。
「ね、元木くんも来ないようだし、そろそろ出ない? 独身メンバーだけで飲みにいこうって話になったんだけど」
葉月は視線をドリンクバーのところへ移す。そこに数人の男女がいて、葉月を手招きしている。
「みんな結婚してたりしてさ、話が合わないじゃん。ミキも行こうよ。出会いがないって言ってたでしょ」
このまま終了時間までこの場所にいるよりは、少人数でおしゃべりをしたほうがマシだ。来るはずのない元木を待っているよりも。
宮原もこそこそと近づいてきて、自分も出ると言った。どうやらバツが悪く、この場から逃げ出したいようだ。宮原もいっしょなら、元木の話が聞けるかもしれない――ミキは少しだけ期待した。
連休シーズンで急に飲もうとしても、どの店も予約できない。駅裏の居酒屋チェーン店に六人で入った。ドレスやスーツ姿の六人は明らかに場違いであるが、店奥に入ってしまえば問題ない。
とりあえず生ビールを注文して乾杯する。男性は宮原ともう一人、田中という男だ。いっしょのクラスになったことはなく、どんな高校生だったか思い出せない。その田中と仲の良さそうな女性が二人。こちらもミキはあまり記憶にない。結局、同窓会という名の合コンだと考えることにした。独身メンバーなので子供の話題が出ないだけ気が楽だった。
誰がどんな会社でなにをしている、という簡単な自己紹介のあと、次第に恋愛トークになった。三九歳、そろそろ結婚するのか独身でいくのか、決めなければならない年齢だった。みんながどう考えているのかミキも気になっていた。
人並みに恋愛はしてきたほうだと思う。しかし、結婚には発展しなかった。結婚どころか、恋人ができても一年と続いたことがない。いいなと思う異性がいて、デートをして、告白して付き合って、セックスして、またデートを繰り返す。それからどうやって結婚に発展していくのか、ミキにはイメージできない。
葉月はというと、ミキと真逆で、激しい恋愛をしては失恋し、仕事に支障が出るほど落ち込み、また出会いを求めて合コンを繰り返していた。葉月のように自分にももう少し熱くなれる心があったらと思う。ミキは恋人と別れても、仕事を休んだことはない。ああ、ふられたのかと落ち込むことはあっても、涙は出なかった。
恋愛小説のように、自分のすべてを投げ打ちたくなるほどの恋なんて、みんなしているのだろうか? あれは創作の世界だから面白いのだ――と思っていたけれど、葉月の恋をみていると、むしろ自分の世界が無機質なものに思えてくる。
葉月は宮原に、テレビ業界の話を聞き出していた。
「元木くんは最近どうなの。飲みに行ったりするわけ?」
「いや最近はあいつも忙しいから。でも去年までは、よく飲みに行ったよ」
「レコ大だもんねえ。そりゃ忙しくなるわ」
S.O.Sは昨年末、レコード大賞を受賞した。テレビで見ていてミキも鳥肌が立つほどに感動した。
「あんなに出世するなら、もっと元木くんと仲良くしておけばよかったわ。――ってみんな思ってるだろうけどね」
女子たち二人が顔を見合わせて笑った。そこに含まれる、悪意のない嘲笑にミキは敏感だった。
ずっと一人きりでいた元木に、いまさら「仲良くしておけば」だなんて。たぶんタイムマシンであの頃に戻れたとしても、あなたたちは元木に声なんてかけなかったでしょう――とミキはレモンサワーのグラスについた水滴を指でぬぐった。
そのとき、宮原のスマホが卓上でブルブルと震えた。画面に映る「元木」の文字。ミキの心臓がどくん、と震えた。
宮原がぱっと顔色を変え、通話ボタンを押す。
「おい、電話出ろよな」
「――」
「まあいいわ、今から来れる?」
「――」
「もうそっちは抜けてきた。駅前の鳥屋ってわかる?」
「――」
元木の応答はなんと答えているのかわからないが、宮原は二次会に顔を出せと誘っている。
「大丈夫だよ、俺入れて六人しかいねえから。ほら」
宮原は通話を動画に切り替えて、ミキたちの顔を映した。一瞬だけ、部屋着姿の元木の顔が見えた。
「――じゃあ行くわ」
元木の声が、たしかにそう言った。
宮原は通話を終了し、よっしゃとガッツポーズをした。葉月は「え、マジで? マジで元木くん来るの?」と興奮ぎみにミキの肩を叩いた。
「お前ら、あんまり騒ぐなよ」という宮原が、一番興奮しているように見えた。
第3話へ続く
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