戻っていく父との距離
ふとラインを見返したら、父から自発的にメッセージが届いたのは、去年の私の誕生日が最後だった。病の容態が改善した後のことだ。それ以来、父が自ら私にコンタクトを取ったことは今のところ一度もない。
以前の私なら、父との連絡が長い期間途絶えないように工夫しただろう。娘の写真を送ったり、何気ない近況を送ったり。そうでもしないと、私たちの関係は自然に消えてしまう気がするからだ。
父から連絡がくるのは元々年に一度、私の誕生日を祝うメッセージだけ。私から連絡したところで、返ってくるのは一問一答のような短い返事。父から何か質問してくることは基本的にない。だから関係を繋ぎ止める役目を、私一人で勝手に担ってきたつもりでいる。
けれど今年に入ってから、私はその習慣をやめることにした。父を試すためでも、拗ねるためでもない。自分の体力を守るためだ。
父の病が分かった時、私たちの距離は縮まったと思った。
見舞いに行った日本で、少し小さくなった父。弱っていたというより、角が取れて見えた。治療の話、体調の話、娘の話。ドラマのようなお涙頂戴の名シーンはない。ただ、それまで数十年かけて積み上がっていた沈黙が、現実の前で溶け始めたように感じられた。
あの頃私は「父と娘を始め直すために与えられたロスタイムのようだ」と書いた。本当にそう思っていた。けれど今思えば、希望を乗せすぎだったかもしれない。
病気がきっかけで、関係が更新されることがある。そういう話を、世の中ではよく見かける。けれど、父の体が日常を取り戻すと同時に私たちの関係もまた、慣れ親しんだ元の形へと途端に復元されていったのだった。
「そっか、父は元の関係性の方が居心地良いんだ。」
相手が投げ返してこないボールを投げ続けると、自分の腕が折れそうになる。折れる前に、投げるのを止めないと。
以前から時折頭を過る一つの可能性があった。父は、私からの連絡を必要としていないのではないか。むしろ、定期的に連絡が来ることを迷惑だとすら感じているかもしれない。私はずっと、きっと嫌がられてはいないはずだと自分に言い聞かせてきた。けれど今、その可能性を直視せずにはいられない。
「最近はお父さんに連絡してないの? それは冷たくない?」 身近な人にそう言われた。そういう意見もあるだろう。けれど、父にとっての適正温度は、私のそれよりもずっと低い。その事実にやっと向き合えた今、冷たいと思われても私はこれを選択する。
父との距離が戻っていく。それは寂しいことだ。けれど、戻っていく距離を前にしても、思ったほど感傷に浸っていない。
mari.
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