タイ語が出てこないのではなくて、「話さなかった」子ども時代
前の記事では、タイに一時帰国していた頃の空気感について書きました。
ここでは、その時の自分のタイ語の話し方、正確には「話さなさ」について振り返ってみます。
小学校低学年頃までのお話です。
結論から先に言うと、タイ滞在期間の前半の私は、ずっと黙りこくっていた。
当時の私は、相手が話すタイ語は大抵は理解できていた。何を聞かれているのか分かるし、どう返せばいいかもなんとなく頭の中では分かっていた。
なのに、ほとんど話さなかった。
サワッディーカーという挨拶くらいは辛うじて発していたかもしれないが、基本的にはうなずいたり、首を振ったり、それだけでやり過ごしていた。
周りの大人が、「こう言えばいいのよ」と教えてくれることもあった。けれど、それを復唱することすらしなかった。
できなかったというより、しなかった。
今振り返ると、その方が近い。
理由は何だったろうか。
うまく説明できないが、なんと言うか、気恥ずかしさのようなものがあった。
普段使っていない言葉を口にすることへの、慣れなさというか。わたし皆の前でタイ語喋っちゃうの?と自分で自分にツッコミを入れているような、そんな感覚で。
けれど、時間が経つにつれその感覚は変わっていった。
例えば、三週間ほどタイに滞在したとする。
最初の二週間弱は、理解はできても自分の口で返すことはほとんどなかった。けれど最後の一週間になると様子が変わる。
きっかけは確かこんなだった。
近所の同年代の子どもたちと遊ぶうちに、彼らの話すタイ語をまねて、自分から言葉を発するようになった。
はじめは単語とか短いフレーズだったように思う。皆んなともっと楽しく遊びたい気持ちが、話したくない気持ちを上回ったのだ。隠れんぼがもっと楽しくなることに気がついた。
そのあたりから、言葉を発するようになっていった。
さらに少し経つと、大人に対してもタイ語で話すようになった。あれだけ出そうとしなかった言葉が、何かが吹っ切れたように急に自然に、しかも流れるように出てくる。
そしてそれはいつも日本への帰国日が近づいた頃だった。
「やっとタイ語を思い出したというのに、あともう数日で日本に帰っちゃうなんて。」
家族たちは、決まってそう言い名残惜しそうだった。
タイ語をやっと思い出したわけではなかった。
頭ではずっと分かっていた。
それでも、自分でも不思議なくらい最初は話さなかった。
先述した違和感の他にも、今考えると、その場に自分が馴染んでいるかどうかも関係していたように思う。黙りながら、言語だけでなく普段とは違う生活に慣れるための準備もしていたのかもしれない。
そんな感じでいつも、私のタイ語が自然に出てくるようになったところで日本に帰っていった。日本の生活に戻ったら、瞬く間にタイ語力は錆びついた。
そしてまた一年後、全く同じことを繰り返した。
mari.
あとがき
日本での言語環境は、母のカタコト日本語とタイ語がまざったものと、外の日本語でした。
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