はじまりのことば
ウィッチフッドということばを、このnoteでも何度か取り上げてきました。
「居場所づくり」が「つながりの仕組みづくり」に変わっていったように、このことばの位置づけも少しずつ変化しています。
核となる概念
孤独を愛する人のための場やつながりを作りたい。
そのための活動の対象となる人々と、彼ら彼女らのつながりを、ウィッチフッドと名付けたのがはじまりでした。
ウィッチフッド(witchhood)は、シスターフッド(sisterhood)という言葉から着想を得た造語。
森の工房に住む魔女(witch)のように、孤独を過度に恐れず、静かな暮らしを愛する人たちと、そのつながりを指します。
いまでも私の活動の核である概念です。
自分用の企画書やメモには、「WH」という略語で登場し続けています。
考え抜いて名付けたことばだったので、非常に強い愛着を持ちました。
webサイトや活動自体の名称、メールアドレス、SNSのIDなど、様々なところに使用。
このことばを旗印にして、私の活動が「孤独を愛する人」たちに届けばいいと願っていました。
伝わりにくさ
一方で、いくつかの懸念が私の中にありました。
造語を使うことで、よくわからない=不審なものであると思われるかもしれない。
「ウィッチ」ということばを採用することで、スピリチュアルな何かであると思われるかもしれない。
ことば自体はとても気に入っていましたが、だからこそ、それが原因で人を遠ざけることにはしたくありませんでした。
位置づけの変化
悶々とした時期を経て、自分の中でひとつの結論を出しました。
ウィッチフッドということばを、旗ではなく、物語として取り扱うのです。
私の活動はもともと、孤独を愛し、なかでも創作を愛する人に向けられていました。
ウィッチフッドにおけるウィッチは、たとえばこんな人のことを指します。
(中略)
創作活動や作品鑑賞が好きな人(*創作活動をしているかどうかは問いません)
・創作活動を通じて想いを表現するのが好き
・創作された作品を味わうのが好き
そういう人たちにとって、物語は身近なもの、大切なものであるはずです。
私にとっても同じです。
活動の主旨を、私が好きな物語で伝えたい。
ウィッチである自分たちの物語として受け止めてほしい。
私自身も、物語や創作を愛するウィッチのひとりなのだと知ってほしい。
このやり方であれば、ウィッチフッドを特別なものとして、活動の核に据えたままでいられます。
実務にそぐわないものとして切り捨てる必要はありません。
いつか
かくして、現在のウィッチフッドの位置づけは、活動を支える物語というものになりました。
概念としての意味は変わらないまま、表に掲げるものではなく裏に隠れたものへ。
物理的な旗印ではなく、精神的な支柱となる物語として。
もしかしたらまた位置づけが変わることもあるかもしれませんが、いまのところ、自分の中で折り合いがついています。
いつか、ウィッチフッドということばを使って、誰かと会話ができたら素敵だなと思います。
