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分人主義と分身主義(完)

分人主義は、我々にしつこく根を張っている個人主義を粉砕してくれました。今度は、長いこととらわれていた「錯覚の自分」の檻から、我々を解放してください。そして、古い肩書を捨てて、コミュニティで世界へ飛び出しませんか!?
我々の肩書は「人類」です。
(およそ13分です)


この宇宙の万物は、環境の海の中で踊らされている “媒体” である。

この21世紀、科学が解明してくれたことを一言で言うとしたら、こんな言葉で表せます。

そして、その中でも、我々人間という媒体は、《環境》に作られた記憶の回路でできた、下図のブラック・ボックスのようなイメージです。(* もちろん、遺伝も環境に作られた記憶に含めますよ)

《環境》に作られた記憶の回路でできたブラックボックス。
「左から入ってきた情報が、そこで加工処理されて右へ排出される」


単に「海の中で漂っている」のではなく、「踊らされている」というのがミソです。科学は、人間には自由意志などなかったと解明しましたが、だけど、ただ単に「漂っている」だけでなく、「踊らされている」と言い換えることで、影響力を持った動きが表現できます。
(* 科学は、人間は《環境》に思考や行動をさせられ****ていたと解明しましたが、人間のアウトプットが、その《環境》を作ってもいたと教えてくれました)

確かにアウトプットされることによって、その後、環境に対して影響力を持ってくるのですからね。(* ただし、アウトプットの前には必ずインプットがあり、ブラックボックス内で実践されている情報処理は全て受動的です。この点は生成 AI と似ています。違うのは人間にはシナプスがあることと、言葉というおと刺激が作られている点です。
詳しくは、『分身を知った科学(自然界様の声を聴いた科学のお話)』‥‥これは9冊の遺言書と1冊の小説で構成されています)


今までの我々のイメージは、環境の海の中に置かれても決して流されず、自分の力で泳いで岸にたどり着く、といったものではなかったでしょうか?

例えば、これまでのアニメ、映画、小説などは、「強烈なブレない個性を持ったキャラクターが、悪と戦い、愛する人や民衆を救う」といった傾向のものが多かったです。
そしてそのようなキャラクターに、私も憧れを抱いたものでした。(* まさに個人主義の理想形でした)

だけど、そんなカッチリとした「個人」などどこにも存在しなかったんだよ、と分人主義は教えてくれたのです。しかも「そのスイッチングは、中心の司令塔が意識的に行っているのではなく、相手次第でオートマチックになされている」ということです。

分人は、自分で勝手に生み出す人格ではなく、常に、環境や対人関係の中で形成される。私たちの生きている世界に、唯一絶対の場所がないように、分人も、一人一人の人間が独自の構成比率で抱えている。そして、そのスイッチングは、中心の司令塔が意識的に行っているのではなく、相手次第でオートマチックになされている。(「私とは何か」より)

ところが現在の個人主義のイメージは、カッチリとしたブレない「自分」の力で環境の海の中を泳ぎ、岸に辿り着いて喝采を浴びる、といったイメージです。強い自己像ですね。

分人主義は、そして21世紀の科学は、それは錯覚だったと教えてくれました。

自分の才能とか能力とか努力というよりも、環境に思考させられ行動させられただけだったのです。

荒海の中を必死で泳ぎ、他者を利用したり欺いたりしながら先を争い、個人主義の崇める、お金という成功を手にする。その全ては、個人主義的環境にやらされて*****いたのでした。
ある意味、個人主義の被害者たちだったのです。

もうそんな過酷で孤独な生き方、古き時代の思い出として封印しましょうよ!


それは、かつて飛ぶように売れた「自己啓発本」にもよく現れています。

「人を動かし自分の望む成功を手にする」とか、「強い意志力を手に入れて自分の望む自分になる」などの「自己啓発本」は、まさに、個人主義的成功の指南書と言えます。

「自己啓発本」は、様々な「成功者」の例を挙げてアドバイスしてくれますが、読後に思い返してみれば、その人たちは、お金持ちになった人たちばかりです。
つまり現在の、お金が支配している世界だけで通用する「成功」だったわけです。(* 我々は、誰もが生まれた時から、お金に支配されている世界だったので、それ以外の世界を知るすべもなく、それが当たり前だと思い込んで生きていますが、全く当たり前のことなんかではないのですよ!

(* と言っても、今のあなたはお金や武器が不要になった世界など、これっぽっちも想像できないと思います。それは「錯覚の自我」が、その自分を守るためにお金と武器を必要としているからです。
もし科学が解明している「真実ほんとうの自我」を知ったなら、その自分を守るために助け合うことが快感になり、自分を守るためにこそお金も武器もなくさなければいけない、という感覚に変わります)


お金に価値を決められてしまう「自己啓発本」の言う成功は、なんと貧しい成功だったのでしょう。それに何と厳しく過酷で孤独な成功だったのでしょう。

それらの本は、金持ちになった特別な人たちばかりを例に挙げて、努力すれば誰もが彼らのようになれると言っているのです。
でも本当は、10億円の宝くじが当たるくらいの低い確率の中で、たまたま偶然、10億円に当選した人を集めてきて、著者の考えるモラルや理想をその人たちに当てはめて、教訓っぽくしているだけの話なのです。

もっとも著者の考えるモラルや理想は、良い人間関係を築く上で必要なものばかりなので、別に批判されるべきところは一つもありません。何が悪いのかと言えば、「成功」がお金に関わることばかりだからです。

もうそんなイメージ、古き時代の思い出として封印しましょうよ!

(* 分身主義の成功は、みんな違うその人だけの環境の中で、誰もが成功者であると考えます!)


個人主義の強い自己像は、個人の欲望に火をつけ、それが人類の長い歴史の中で、『記事(7)』で見たように、覇権争いや領土拡張、資源や富の独占、他者を排斥する感情、差別や憎悪や暴力の連鎖‥‥を生んでいることに気づけますか?

分人主義は、カッチリとした個人などどこにもいないと教えてくれました。だけどあなたがもし10億円という成功を手にしたらどうでしょうか!?
きっとあなたの中の他の分人はすべて消え失せて、10億円を手にした大金持ちのあなただけで周囲の人や物と接することになるはずです。周囲からも大金持ちのあなたと見られ、あなたもそれを望みます。その姿こそ、今までの我々が錯覚していた「個人」の成功イメージです。

つまり、今のお金が支配する個人主義的世界では、我々は互いの肩書で接しているのです。職業や役職や年収で人を値踏みしたりしていますよね。それはむしろ分人を隠した、仮面をかぶった人間です。
今までの我々の肩書とは、お金が支配する世界が作り上げている配役に過ぎません。その仮面**をお望みですか!?

堅苦しいですよね。自分で自分を型にはめ、周りからもそのような人間と見られてしまって不自由ですよね。そのイメージを保つために常に気を張っています。もしそのイメージから逸脱した行為が見つかったら、容赦ない非難が待っているからです。

人間はもっともっと自由に生きていいのです!


生殺与奪せいさつよだつの権を他人に握らせるな!」
これは、アニメ「鬼滅きめつやいば」の劇中の、鬼殺隊きさつたい最高位の剣士、冨岡義勇が炭治郎に向けて放った言葉です。
自立と自己の強化、他者に委ねず自分の意志*****で道を切り開くことの重要性を説いていて、まさに個人主義の中で強く生きなければならない我々に対する、力強い励ましの言葉でもあり、奮い立たせてくれる場面です。

しかし、私は、世界中で熱狂的な支持を集めたこのアニメこそ、個人主義最後の悪あがき****のように見えるのです。あるいは、最後を予期し、別れを告げるべき個人主義への、感謝と郷愁と鎮魂の気持ちを込めて夜空を燃えるように染め上げた、何万本もの打ち上げ花火のように感じるのです。
もう我々は個人主義に別れを告げて、新たな歴史への第一歩を踏み出さなければいけません。

やがて夜が明けて、分身主義の静かな朝がやって来ます。

もう戦いは終わりを告げました。もう誰とも戦う必要はありません。

そうでしょう !?


時は AI の活躍する科学時代の21世紀ですよ。
科学は今までの自我は神経系の見る錯覚だったと教えてくれました。自由意志などどこにもないと教えてくれました。
いつまでも錯覚の自我に縛られていないで、科学が解明した真実ほんとうの自我を持ち歩きましょう!

それを科学的覚醒をすると言います。あるいは大人の大人になる、または分身主義(真の科学)の視点を持つと言います。


分身主義の夢見ている世界は、肩書のない世界です。肩書の代わりにたくさんのコミュニティに参加している「分人」です。学者でも医者でも画家でもサッカー選手でもなく、肩書はみんな「人類」です。

どうしてコミュニティに参加するのかって?
簡単なことです。

仲良く生きるためです。仲良く生きたいからです。

だって、一人じゃ誰とも仲良く生きれないじゃないですか!?


次の図はよく知られている光の三原色です。これは分身主義を説明する時によく使わせていただいています。


人類が、科学が解明している自分を知ったとしても、相変わらず、この身体の内側が自分であるという観念は完全に消えることはありません。消そうと努力しろなどと無理難題を突き付けているわけでもありません。(* 「記事(6)」では、自我を宇宙にまで拡張することで、今までの自我が消えると言いました。それは間違いないのですが、長年個人主義的環境で生きてきた我々が、今日からすぐに意識を切り替えることは不可能です)

だから消えるのではなく、私はそれを「薄まる」と表現したいと思います。光の三原色のように淡く透き通って、他の色と自由に重なり合って全ての色彩を作る可能性を秘めた状態になることをイメージしています。

(* だけど、薄められたことによって、我々の、今までのカッチリとした自我という錯覚は、一瞬にして消失します)

あたかも光の三原色のように、時には他の色たちと重なり合って透明になったり他の色彩になったりする瞬間を、それぞれの脳が楽しめばいいのです。
そうです。それぞれの “分人” をね。
(* 分身主義の言う分身は環境に作られるので、環境ごとに分身の色も変化します。その意味では分身=分人ですよね)

なぜこんなカメレオンみたいなことが可能なのかというと、我々この宇宙の万物は、環境の海の中で踊らされている “媒体” だからでしたね。

そしてそれは分身で、我々の本体(=全身)はこの宇宙である。

そのことを忘れずに生きることが大事です。それをいつも心の隅に置いて、忘れずに生きることが、この科学時代の21世紀を生きる我々の、もはや “義務” のようなものだと思ってください。

問題なのは、錯覚である「自分」を、今まで世界中の人が疑うことなしに使用してきたことです。

そして、ありもしないのに、他の色と重なることのない自分だけの絶対的な色が存在すると思い込まされて、アイデンティティーの確立とか、自分軸などという強迫観念に追いたてられていたことです。
(* 人間は自分の意思で思考し行動していたのではなく《環境》からの刺激(=情報)に思考させられ行動を取らされていたのでしたね。だから、自分だけの色といっても、《環境》に染められていたものだったと知ってください。しかも、個人主義的環境に、自分だけの色があるはずだ、と思わされていただけだったのです)

科学は、地球も山も川も、そこに住む生き物たちも、みんなみんな元々は素粒子が変化して見せている現象に過ぎないことを解明しています。生まれて死んでもそれは見た目の現象が変化しているだけで、現象を作っていた分子・原子がこの宇宙の外に消えてしまうわけではなく、科学的な輪廻転生を繰り返しているだけだと解明しています。

我々はそのことをちゃんと教えてもらっていなかっただけなのです。
観念の「自分」が自分の周りに敵を作り、争い、競争し、殺し合ったりしていたのです。私が、それはまるで自傷行為****だったという意味をわかっていただけるでしょうか!?
自分の右手と左手が競争したり、自分の心臓が自分の肺にミサイルを落としたりしていたのです。

残念ながら個人主義は「対立」と、「偉そうな肩書」を作りました。

しかし分身主義は「仲良く」と「“人類” という肩書」をくれたのです。


今は個人が、SNSで世界に発信しています。個人主義的環境が拍車をかけて、誰もが匿名で好き勝手に無責任な発言をできています。だけど、お金が無くなった世界なら、SNSを運営している企業も、目的は収益ではなく世界に貢献するためだけになります。だから、好き勝手に無責任な発言をさせておく意味もなくなります。

今までは収益目的でSNSを活用していた人たちも、貢献するためだけに発信するので、デマ情報や大げさなタイトルをつけて視聴回数を上げる理由もなくなります。


お金が世界から消えたら、そこからはコミュニティ内で発信するようにするのです。フォロワー数はコミュニティの成員、20名とか50名とかだけでいいんです。そして、個人ではなく、コミュニティを通して世界に発信(=貢献)するのです。

コミュニティは何でもいいです。同じ趣味の人たちとか、同じ理想を抱いた人たちとか、それこそ学校とか会社でもいいです。(* 現在の会社は収益が目的ですが、分身主義の夢見ている未来はお金が存在しないので、会社の目的は世界への貢献です)

(* 何でもいいと言っても、国や宗教というコミュニティはダメです。古い観念では排他的になって外に敵を作るからです。あくまでもこの話は、世界が分身主義的な環境になって人々の意識が変化し、世界からお金が消えた後の話です)


もちろんコミュニティは、分人(=環境によって変化する分身)の数だけ複数あっても全然かまいません。
(* 分身主義の夢見ている未来はお金が存在しないので、世界中どこへも無料ただでいけるので世界中のコミュニティに参加できます)
そして、今までのような個人ではなくて、そのコミュニティでSNSを通して発信するんです。

我々は、個々に行動するのではなくて、コミュニティでこそ、最高のパフォーマンスを発揮するからです。

(* 変な比喩かもしれませんが、心臓を作っている心筋細胞の一つ一つの分身だけでは、いくら頑張っても収縮と弛緩を繰り返す心臓の絶妙な動きを発揮することはできません。また鉛筆やコップという分身も、それがたくさんの分身に使われて初めて持ち味が生かせるのです)

だから、個人を成功に導こうとした自己啓発本の代わりに、もっと単純で、もっと根源的な言葉をあなたに贈ります。

仲良く生きることを犠牲にしてまでも決めなければならない重大事項など、ただの一つもない!

これからは我々の肩書は「人類」です。
誰も偉くなく、誰もが成功者です。
誰もがお互いを宇宙の分身として尊重し合い、自由に生きていけます。

ほら、“個人主義” の理想は、本当はここにあったではないですか!?

(* 本当は個人主義だろうが、分人主義だろうが、分身主義だろうが、なんだって良かったのです。世界が平和になりみんなが不公平感や不満もなく、心から安心して助け合って喜びを分け合って生きれればそれで十分なのです。みんな仲良く生きること、私が子供の頃から願っていた世界平和とはこのことだったと今気づきました。
それだけが我々を生んでくださった自然界様の願いだったのですから。そのために分身主義という “名前” が必要だっただけです)


(この作品は2010年~2011年に『個人主義から分身主義への世界的転換を目指すメルマガ「現代科学が解明した・自分」』と題し、10回完結と決めて発行したメールマガジンを『宇宙に一つだけの目的(科学が解明した‥本当の自分)』と改題したものです。
「およそ、宇宙を漂っている私たち人類が、仲良く生きることを犠牲にしてまでも決定しなければならない重大事項なんて、ただの一つだってありはしません!」


学者も、医者も、サッカー選手も、大統領も、王様も、サラリーマンも、浮浪者も‥‥、みんな《環境》に任された配役でした。
環境が違えばそれらの配役は入れ替わっていたのです。
だから我々はもっと根源的な肩書を持ちましょう!

今日からみんな「人類」です!

そして、健康オタクが全身に気を配るように、常に自分の全身が、健康(=平和)であることを意識し、助け合いながら、そして明るく楽しく笑顔で生きていければ、それだけで「素晴らしきかな、人生!」ではないですか!?

これ以上難しい学問なんてもう必要ないのです。人類は学問によってここに辿り着いたのですから。

アダムとイヴがリンゴを食べたせいで、楽園を追放されてしまった人類ですが、科学はちゃんと楽園に帰るための果実を育ててくれていたのです。
今、我々の目の前に、たわわに実っている果実をあなたも齧ってみてください。

この21世紀の科学は教えてくれました。「私たちはみんな、この宇宙という劇場の中で、自然界様に人間という配役を任されて演じさせられている電気仕掛けの期限付きの役者です
だけど自然界様が与えてくれた、あなただけができる、あなたしかできない配役です。
誰にも真似できないあなただけの《環境》という、その運命的な巡り合わせに感謝しようじゃないですか!?

だから、誰も偉くなく、誰もが成功者です。

そして、あなたが80億人の代表となってその分身を生きてくれたことに、世界80億の分身たちの敬意と称賛を浴びながら、次の分身に受け継ぐために死んでいく‥‥。

気が付けば、誰もが平等に、こんなに素晴らしい「」という配役を与えられていたのです。


(完)


★★★ 関連記事(保存版) ★★★
📌分身主義とは(ジジイの遺言書-10-)
📌真の科学とは何か?(ジジイの遺言書-7-)
📌個人主義からの脱却、そして分身主義へ(ジジイの遺言書-8-)


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Markey Toku 徳永真亜基 長い文章を読んでくださりありがとうございます。 noteの投稿は2021年9月27日の記事に書いたように終わりにしています。 でも、スキ、フォロー、コメントなどしていただいた方の記事は読ませていただいていますので、これからもよろしくお願いします。