分人主義と分身主義(4)
前回の記事では、「個人主義」を、科学的に考察しましたが、この科学的という意味をもう少し深掘りします。「幻想」と「実体」いう言葉がキーワードです。
(およそ14分です)
前回、この身体に “私” と名前が付けられたと同時に、身体中に張り巡らされている神経系を統合していた脳は、この身体の内側が「自分」である、という幻想(=錯覚)を強化した、と説明しました。
「幻想」という言葉を使いましたが、これは科学をする上での基本とも言える、とても重要なキーワードです。
偉そうに聞こえてしまうかもしれませんが、まだ現在の科学者は、この「実体」と「幻想」の区別がちゃんとできていません。科学という学問は、人類が言葉を覚える以前に存在していた「実体」を研究するものです。
「実体」と「幻想」の区別を科学の基本とすべしということは、生成 AI や脳科学の研究(=言語の役割の研究)がここまで発展したこの21世紀になって、初めて言えるようになったことなので、今までの科学者が気づけなかったとしても無理もないことです。
人間が言葉を用いるようになって、脳内に言葉の領域ができると、外部からの刺激に反応する場合、その領域を経過することになります。そこから浮かび上がるもの全てを分身主義(=真の科学の視点)では、全て「幻想」と呼ぶことにします。
つまり、人間の脳に浮かび上がる、意識を伴う脳内活動の全てのことです。それに対して、人間が意識しなくても存在する全ての物質、全ての物体を「実体」と呼ぶことにします。
実体‥‥人間が意識しなくても存在する全ての物質、全ての物体。(* 永遠不変のものなど一つもないという意味で、物質も物体も素粒子が一時的に見せている現象と言えなくもない。だから究極の物質は素粒子だけと言える)
幻想‥‥(言葉を持ったことにより)人間の脳に浮かび上がることになった意識を伴う脳内活動の全て。認識、連想、想像、思考、常識、感情、固定観念、偏見、意思(意志)‥‥‥など。
人類が言葉を覚えて、この宇宙に初めて幻想が生まれる以前の、約140億年間は、ずっと「実体」だけの世界でした。この140億年を1年のカレンダーにすると、この宇宙に幻想が生まれたのは、つまり人類が言葉を覚えたのは、年も変わろうとする 12月31日 の 23:57 頃です。(* 人類が言葉を覚えたのは、ホモ・サピエンスがアフリカ大陸の外へと躍進する頃ではないかとする学者がいます。そうすると、今から7万年前頃なので、それを参考にして計算しました)
科学とは、人間が意識しなくても存在する「実体」、つまり自然現象を研究する学問です。それは取りも直さず、言葉を持ってしまって自然界とはぐれてしまった我々人類が、もう一度自然界と手を繋ぐための学問です。
それなのに、この「実体」と「幻想」をしっかりと区別しなかったことで、間違えている学説や理論が実にたくさんあります。
例えば、あなたは量子物理学の二重スリット実験はご存知ですか?
その実験結果から、一粒の粒子は観測されなかった場合(経路情報が特定できない場合)は、二重スリットを波の状態で通過し、観測された場合(経路情報が特定できる場合)は、スリットのどちらか一方を粒の状態で通過するなどと結論づけられています。
しかし、これは波には「実体の波」と「幻想の波」があることを理解していなかったために陥ってしまった、正しくない結論だったのです。
(* それを知らないために、現在の研究者も実験装置を変えて、未だに、波になる時と粒になる時を調べたりしています)
水面にできる波を二重スリットを通すとスクリーン上に干渉縞を作ります。それと同じように、ある光源から光の束を発し、二重スリットを通すと、同じ現象が起こります。(* 有名な「ヤングの二重スリット実験」です)
だから「光は波だ」というのです。
そもそもこの時点で間違えていました。
実は、その時我々が見ている、水面にできる波も、光源が発した光の束も、一時的な動き(movement)なので「幻想の波」です。
その時の「水面の波」は幻想で、その「実体」は水分子です。「光源の波」も幻想で、その「実体」は光子です。
「幻想の波」というのは、実体の見せる一時的な動きなので、いずれ消えてなくなります。だけど消えてなくならない波もあります。それが粒子の波動性という波です。
この二つをごっちゃにしてしまっていたのです。
先程、「人間の脳に浮かび上がることになった意識を伴う脳内活動の全て」を幻想と定義しましたが、水面の波は人間が意識しなければただの水なので幻想で、その実体は水(分子)と考える視点が、これから必要とされる科学の視点という意味です。
だから船を転覆させた高波は、水分子の集まりの一時的な動きが原因である、と「実体である物質」に還元させて考えるのが科学的視点です。もちろん幻想である “波” を科学することは可能ですが、あくまでも実体は水(=H₂O)です。
(* 「海水を持ってきて」と言えば、コップに入れた持ってこれますが、「波を持ってきて」と言っても誰も持ってこれません。それは実体ではなく幻想だからです)
水面の波は「幻想の波」なのでいずれなくなります。でも量子の波は波動性という「実体の波」なので決してなくならないものです。
(* だから「一粒の電子だけを持ってきて」とか「一粒の光子だけを持ってきて」と言われても、波も一緒に持って来てしまうのです)
そしてここが重要ですが、二重スリットを通過している水面波は、「幻想の波」が二つのスリットを同時に通過していたのではなく、水の分子という「実体」の束が波のような状態になって、どちらか一方を通過しているだけだったのです。(* 水面波が幻想であると知らずに、二つのスリットを同時に波が通過することで、それが回折を起こしスクリーンに干渉縞を作っていたように見えてしまっていただけなのです。通過できるのはあくまでも「実体」だけです)
それが理解できれば、二重スリット実験で一粒ずつの粒子を飛ばしても干渉縞を作る不可思議な現象は、簡単に説明がつく問題でした。
(* 結論を言えば、水面波は、二つのスリットを同時に通過しているのではなく、水の分子がどちらか一方のスリットを通過しているだけで、その分子の束が波となって回折を起こし、スクリーン上に干渉縞を作っているだけでした。
それと同じで、一粒ずつ発射した粒子もどちらか一方しか通過していなかったけれど、粒子は波と粒が一体の状態なので、直後に発射された後発の粒子が、先発の粒子の残していった波と干渉し合ってスクリーン上に干渉縞を作っていたのです)
同じように音波(音の波)は「幻想の波」です。音波の「実体」は空気や水などで、それらの一時的な動きの波なので「幻想の波」です。
音の波は幻想なので、小さくしていくと、やがて振幅が小さくなり、しまいには消えてしまいます。それに対して光の波は、それ自体が「実体の波」なので、減光フィルターを使って光量を徐々に落としていっても振幅は変わらず、まばらになるだけです。決して消えません。
今までは生成 AI や脳科学の研究(=言語の役割の研究)が追いついていなかったので、このように実体と幻想の区別をしませんでしたが、科学はあくまでも実体を扱うものです。もちろん幻想である「音」を科学することはできますが、実体を見落としてはいけません。
ちなみに人間の「幻想」は「実体」に作られます。決して人間が自分発で生み出しているものではありません。(* 例えばテレビでニュースを見ていると、様々な思いに駆られますが、この思いという幻想も実体に作られます。映像は光子という実体、音声は空気という実体の振動です)
もちろん「意思(意志)」という幻想も、実体に作られるものなので、人間には自由意志などありません。(* これは科学が解明していることなのに、未だに自由意志があると信じている科学者がいるというのは、どういうことなのでしょう)
この、「自由意志」に関しては、『分身を知った科学(自然界様の声を聴いた科学のお話)』の「遺言書⑤ 自由意志という幻想」で解説しています)
また、例えばあなたは相対性理論はご存知ですか?
特殊相対性理論と一般相対性理論がありますが、一般相対性理論では「重力」が扱われています。
それによると、「重力とは質量を持った物質が時空を歪ませることで生じる」と説明しています。
これは、時間と空間というものが「幻想」であることを理解していなかったアインシュタイン分身さんが「実体」である謎の力(=重力と呼ばれている力)に「幻想」である時間と空間を合体して、尚且つそれを一つの計算式に取り入れてしまったことによる間違いでした。
(* 彼はこの時間と空間を一つにして「時空」と呼んでいますが、名前を付けるとなんだか本当に時空という「実体」が存在するような気がしてしまうから不思議です)
速度は「距離 ÷ 時間」と習いました。だけど、本当はこれは距離という「幻想」に物差しという「実体」が与える数値を、時間という「幻想」に時計という「実体」が与える数値で割っているだけの幻想だったのです。(* その証拠に「時計や物差しを持って来て!」と言われたら持ってこれますが、「時間や距離を持って来て!」と言われても誰も持ってこれません)

速度とは、例えば時速 50㎞で3時間走れば150㎞進める、と計算できるので、これは人間が作ったとても便利なルールなのです。
時速 50㎞で走る車の “実体” は、「車体」と「道路」があるだけです。強いて言えばその時速を表示する「速度メーター」があるだけです。「車を指さして!」「道路を指さして!」「メーターを指さして!」と言われたら、指させますが、「速度を指さして!」と言われて指さすことができる人がいるでしょうか!?
空間(=距離)とは、ビッグバンに始まった膨張が見せる「広がり」を人間が意識して、それに対して付けた名前です。時間とはその膨張に伴い素粒子が見せている「変化」、あるいは素粒子が作用し合うことで見せている「変化」を人間が意識して、それに対して付けた名前です。(* あらゆる物質や物体は素粒子が作用し合うことで見せている変化です。我々のこの身体もです)
時間や空間とは人間が「変化」や「広がり」を認識した概念、あるいは観念に過ぎない「幻想」なのです。(* ちなみに、物理で使う、タテ、ヨコ、高さなどというのも人間の概念なので「幻想」ですよ。「それらを持って来てくれ!」と言っても誰も持ってこれません)
それに対して彼の言う「時間」とは、時計という実体の表す時刻のことでした。また「空間」とは、物差しという実体の指し示す目盛りのことでした。
(* 人間は時間と空間という幻想を見える化するために、時計と物差しという実体を作ったのです。だからあくまでも、彼の数式の中の時空は時計という実体と物差しという実体の表示する値でしかありません)
だから、「重力とは質量を持った物質が時空を歪ませることで生じる」と言った場合の「時空」は、実体である道具としての時計と物差しが、その職務を全うして、自分を含めた実体が変化した値を、正確に測っていただけで、時空という幻想が歪んでいたわけではありません。
彼の示す時間は時計の表示する時刻だったと知れば、「実際に時速1000㎞で飛ぶジェット機に、精密な時計を積み込んで10時間飛行した後、地上の時計と比較すると、相対性理論の予言する時間の遅れ(約1億分の2秒)が確認された」、などという実験結果も、それは「時計という機械の振動が加速という重圧がかかることで変化しただけだった」と冷静に考えられます。
最近、特に活躍しているGPSも、「相対性理論により衛星内の時計の誤差を修正している」などとまことしやかに言われていますが、本当は、そうではなくて、人工衛星というのは、等速円運動という加速度運動をしているし、また地上との高度差による影響により、時計という実体の振動数が影響を受けているのです。
でも、天才アインシュタイン分身さんが「早く進む乗り物の中では時間が遅れる」と言って、それを数式で証明したことで、それが固定観念となって、我々の事実を見る目を曇らせているのです。
(* 数式という幻想が実体を歪めてしまった例です。幻想が実体に対して「数式がそのように言っているので、あなたたち実体はそのように成り立ちなさい」と命令しているようなもので、明らかに逆ですよね)
歪むことができるのは、人間の「時間」や「空間」という感覚(=幻想)だけです。
それらは人間の感覚なので、いくらでも伸び縮みしますよね。
科学は、その「幻想(=錯覚)」を「実体」と同次元で扱ってはいけないのです。
他にも例を挙げれば、あなたは「双子のパラドックス」とか「シュレーディンガーの猫」などという話、聞いたことがありますか? それらも「実体」と「幻想」を見分ける目を持たなかった当時の研究者が、抱いてしまった間違いであり問題提起です。(* しかも、これもまだ2025年現在、物理学者が間違いだと気づいていません。「双子のパラドックス」に関しては SF の定番ですが、 SF というのはあくまでも非科学ですよ)
(* それだけでなく、この「実体」と「幻想」をしっかり見分ける目を持てば、今までの「哲学」の根本的な間違いも見えて来るという、すごい魔法のパスワードだったのです)
ここまでの「量子論」に関する記事は、全部本にまとめましたので、是非読んでみてください。(『分身を知った科学(自然界様の声を聴いた科学のお話)』の「遺言書⑧ 量子物理学という迷走 ~量子の世界が教えてくれていたこと~」)
この(遺言書⑧)は、『分身を知った科学』シリーズ(9冊の遺言書+1冊の小説)の8番目の本なので、①から読んでいただければ、「実体」と「幻想」を見分ける目はもっと養われます。また、元々文系の私が書いたものなので、「量子物理学」のことをあまり知らなくても、興味深く読んでいただけると思います。
(* 本当は、「実体」と「幻想」を見分ける目を養うことは、世界を平和にすることと、とても緊密に関係しているのです)
ペーパーバック版(プレミアムカラー版)は 3.960円で、電子書籍版は 99円で読めます。目的は収益ではなく、世界を平和にしたいというものなので、本当なら世界中に無料で配布したいくらいだからです。 だけど今の時代、無料だとかえって誰も読んでくれません。
それで電子書籍版もペーパーバック版も、設定できる一番低い料金にさせていただきました。(* ペーパーバック版はページ数が 460ページ超なので、これ以上安くできないのです)
でも図がいっぱいあるので、ペーパーバック版の方が読みやすいと思います。
実体と幻想をはっきり見分ける目を持つと、今まで量子物理学の次のような数々の謎や疑問が解けます。そして間違いも見えてきます。
・二重スリット実験の謎や疑問と間違い
・不確定性原理の謎や疑問と間違い
・シュレーディンガーの猫の謎や疑問と間違い
・サイコロを振らない神様の謎や疑問と間違い
・遅延選択量子消去実験の謎や疑問と間違い
・双子のパラドックスの謎や疑問と間違い
・光速度不変の謎や疑問と間違い
・時間と空間に対する謎や疑問と間違い
・コペンハーゲン解釈の謎や疑問と間違い
・EPR論文の謎や疑問と間違い
・ベルの不等式、CHSH不等式の謎や疑問と間違い
・量子もつれ(エンタングルメント)の謎や疑問と間違い
・多世界解釈、ホログラフィー原理などの謎や疑問と間違い
・万有引力と重力の謎や疑問と間違い
量子物理学というのは、目に見えないミクロの世界(=実体)を研究する学問なので、どうしても人間の幻想が膨らんでしまうのです。そもそも、量子力学が多用する小難しい数式というものも、実体の世界を人間にわかる「幻想」に翻訳しているだけなのですよ。(* それで今では、幻想である数式に合わせて実体を歪めてしまったりしているのです。明らかに逆で、やってはいけないことですよね)
今では教授職の人まで、SF まがいのことを言い出すようになっています。これも「実体」と「幻想」を見分ける目を持てば、改善されるはずです。
(* SF をまるで科学的であるかのように語っている人がいますが、それはあくまでも非科学ですよ)
最後の「万有引力と重力の謎や疑問と間違い」に関しては、重力という謎の力に対しての、私の仮説を提起しています。ニュートン分身さんやアインシュタイン分身さんの説は、「実体」と「幻想」を一緒くたにして扱ってしまったための間違いだったのです。
私の考えた「重力仮説」を検証するために、そのための実験も提案していますが、あなたが実験をしたり論文を書ける方なら、その仮説は差し上げます。
そして、ノーベル物理学賞をあなたが受け取ってください。(* 分身主義は、著作権やノーベル賞は個人がもらうものではなく全人類の功績だと考えているので受け取れないからです)
(* 万有引力や重力の今までの学説が間違いであり、新たな仮説が認められれば間違いなくノーベル賞ですからね。しかもこれは、ダークマターやヒッグス機構と呼ばれているものの正体を解明することになるかもしれません)
ヒント:重力は現在でもまだ謎の力です。それはニュートン分身さんの時から続く固定観念、つまり「引き合う力」と誰もが信じているから解けないのです。グラビトンという素粒子を探し回ったりもしています。
この宇宙はビリヤード上の素粒子という球を突く一撃のような、ビッグバンという「押す力」から生まれました。そして現在もそのビリヤード上の球にあたる素粒子が様々にぶつかりながら変化している最中です。そんな中に、我々がここに生まれました。
そんな中で、「引く」という力が生まれる要素はあるでしょうか!?
確かに、磁石のS極とN極、電気のプラスとマイナスの電荷は引き合う力ですが、それは素粒子である光子や電子をやり取りしている様子が、引き合ったり反発したりするように見えているだけです。
本当は、動物が肉を歯で引きちぎる行為とか、我々がドアノブを引くという行為すらも、その時の環境に押されて(=やらされて)いた行為だったのです。
「その時の環境」というのも、遡れば、ビリヤードの球が突かれた瞬間の「初期値敏感性」が作った自然法則というシナリオに則って素粒子が様々に変化している現象に過ぎません。
(* もちろん、この宇宙に「幻想」が生まれてから、シナリオが激しく書き換えられるようになりましたが、「幻想」も、やはり素粒子が劇的に変化することで見せている現象には変わりありません。例えばコンピューターという実体が、0と1という動きの変化で音楽や動画や文章などを作る現象と同じです)
つまり、我々の行為の原因をどこまでも遡れば、全て、ビッグバンという、ビリヤードの球を突いた一撃の力に辿り着きます。そして全ての事象が、その力が連綿と続いて、その波に押されている現象ということなのですよ!
我々は、自分の意志で全ての行為をしていると感じていますが、実は、決して途切れることなく続いてきた力が、我々を取り巻く《環境》となり、その《環境》に押されて(=やらされて)いたのです。
(* コンピューターは音楽や動画や文章などを作りますが、自分の意志で作っているわけではありませんよね。人間がやらしているのです。同じように、人間は自分の意志で動いているわけではなく、《環境》に動かされていたのです。もっと正確に言えば「環境に浮かび上がらされた意志(環境由来の意志)」を自分の意志と思い込んでいたということです。
ややこしいですが、コンピューターにやらせるように、環境にやらされていたということです。
もちろん《環境》に動かされたその行為が、それがまた我々を取り巻く《環境》を作ってもいたわけです。(* しかし、あくまでも脳内で実践されている情報処理は全て受動的です)
ただし《環境》が何らかの目的を持ってやらせているわけではありません。この宇宙(=実体)には目的も意味もありません。目的や意味とは全て、人間が後付けで考えるアイデア(=幻想)のことです)
引く力は存在しないということは、時間(=素粒子の描く変化)が、前に押されていくばかりで、決して引き戻されない事実(=時間の不可逆性)からいっても理解できます。
今までの研究者が解明してきたことを繋ぎ合わせると、重力とは一体何だったのかがわかります。(* 逆に言えば、同じ物理学でも専門分野ごとに壁を作ってしまっていたから、今までわからなかったのです)
そういったことを、全て遺書に書き残しましたので、今までの固定観念に囚われている研究者の方たちにこそ読んでいただきたいです。
(『分身を知った科学(自然界様の声を聴いた科学のお話)』の「遺言書⑧ 量子物理学という迷走 ~量子の世界が教えてくれていたこと~」)
➡ 分人主義と分身主義(5)
(幻想と実体を見分ける目を持つと見えてきたものがあります。それは「元凶の三大幻想」というものです。その幻想に縛られている人類が、長いこと対立したり争ったりしてきたということが判明します)

★★★ 関連記事(保存版) ★★★
📌分身主義とは(ジジイの遺言書-10-)
📌真の科学とは何か?(ジジイの遺言書-7-)
📌個人主義からの脱却、そして分身主義へ(ジジイの遺言書-8-)

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長い文章を読んでくださりありがとうございます。
noteの投稿は2021年9月27日の記事に書いたように終わりにしています。
でも、スキ、フォロー、コメントなどしていただいた方の記事は読ませていただいていますので、これからもよろしくお願いします。