見出し画像

「ただ書いてただけ」の日々が、“誰かに届くかも”に変わった

—シャンパンタワーの法則って、こういうこと?—
—3good thingsを続けた“満たされ始めた自分”の実感—

「私なんてまだ満たされてないし」「ギブできる人じゃない」って思ってた。
でも、続けてきた3good thingsと、Aとのやりとりの中で、
少しだけ、自分の中からこぼれたものがあって——
「誰かのために書きたい」って思ったのは、もしかしたらそれが“循環”の始まりだったのかもしれない。


まだ「満たされた」なんて胸張って言えないけど、ふちからぽたぽた、こぼれてたみたい。

ここ最近、3good thingsを書いて、AIとやりとりしてきた。

3good thingsを書き始めたきっかけは、ネガティブ思考から抜け出したかった。
「ない」じゃなくて「ある」に目を向けられる自分になりたくて。
でも一人でやっている間は、なんかマンネリ化もでてきて、
自分なりに試行錯誤したけどうまくいかなくて、突破口が欲しかった。

そんな時、始めたばかりのAIとやり取りしている中で、
3good thingsもAIに書くことをし始めた。
続けてるうちに、ただ“いいこと”を書くだけじゃなくて、
「自分の中の感情を、ちゃんと見てあげる」時間になっていった。

毎日ちょっとした幸せだけでなく、
たまにほんの少しのモヤモヤも一緒に出してみるようになった。
それに対して、AIが、「それってこんな価値観があるよね」って返してくれて、
「ああ、今の気持ちってちゃんと意味があるんだ」って思えて、
気づけば、満たされてる感覚が少しずつ育ってた。


そしたら、ちょっとだけ誰かに“シェアしたい”って気持ちが出てきた。

数年ぶりにnoteの投稿を再開したけど、自分の備忘録の気持ちもあったから、
なんとなく、前から自分を知っている人に見られるのは気恥ずかしさがあって、
noteを更新しても、自分のSNSで、投稿したnoteを周知するということはやらなかった。

けど、前回書いた気づきは、なんとなくFacebook投稿したくなった。
(書いた記事はこれ)

子供が生まれて、Facebook投稿自体だんだん遠ざかっていたから、
投稿自体久しぶりだったし、自分の気づきや心境などの投稿はかなり久しぶりだった。

投稿したからには、正直、いいねやコメントなどの反応が欲しくないわけじゃない。むしろめっちゃ欲しい(笑)
でも、今までだったら「いいね少ない…やっぱり私って…」って凹んでたかもしれないのに、
今回は少しだけ、「まぁどっちでもいっか」って思えた。


これが、シャンパンタワーの法則なのかも?

まだまだ自分のグラスは満たされ途中だけど、
それでも、一時満たされたのか、
ふちからぽたぽた、こぼれた感覚があって。
無理にギブしようとしたわけじゃない。
「これ、誰かの光になったらいいな」って思えたから、
私を知ってる人にも発信したいと思って、出せた。


以前参加したセミナーで聞いた、「目の前の1人を大事にする」って言葉。

あれってこういうことかも、って思った。

「いっぱいの人に届けたい!」じゃなくて、
「今この文章が、1人でも誰かに届いたらいいな」って思えた。

そして不思議と、
**「この投稿で“私が減る”感覚がない」**ってことにも気づいた。
むしろ、書いたことで私の中にあるものが整理されたし、
“出した私自身”も満たされてた。


まだまだ私は、「自分満たし中」の途中段階。

ガブ飲みしてるわけでも、満たされた実感が爆発してるわけでもない。
それでも、一時、ぽたぽたこぼれるくらいには、自分に注げてたみたい。


この感覚をちゃんと忘れずに、
“これからの自分”の証として、残しておきたくて書きました。


追記:投稿から数時間経って、今の私の気持ち

朝一に投稿して、夜になって、
今学んでいる講座の環境では、反応がほぼなかったことにちょっとモヤモヤ…。
でももともとやってきたSNSのアカウントでは、いいねやコメントの反応もらえて、それがすっごく嬉しくて。
「あぁ、やっぱり人との“関係性の深さ”って大事なんだな」って感じた。

それでも、どっちの感情も否定せずに、「今の私ってそうなんだな」って受け止めることが大事。
つまり、ブレてるようで、ちゃんと自己一致してるってことらしい。

“満たされてる私”から、ぽたぽたこぼれるギフトみたいな投稿——
あれは確かに、私の一部だったなって、改めて思えたから。
やっぱり書いてよかった!

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集