共生の黎明 #106 第21章 第5節:大きな街の、小さな芽 連続小説
東京に来るのは、久しぶりだった。
かつては毎月のように出張で歩いたこの街も、いまはもう別の時間のなかにあるようだった。
駅の改札を抜け、交差点へと続く人の波に混ざる。
ビルの谷間に吸い込まれていく人々の顔には、かつてと変わらぬ忙しさと無表情があった……はずだった。
ふと、目の端に映った小さなポスターに、足が止まった。
「ありがとうがめぐる日曜日市」
〜〇〇ロード商店街・手づくり感謝マルシェ〜
印刷されたフォントの隙間に、子どもが描いたようなイラスト。
野菜の横に並ぶ、紙で作られた「ありがとうチケット」の絵が添えられていた。
角を曲がって公園沿いを歩いていると、ベンチのそばに並ぶカフェの軒先に、また別の小さな札があった。
「このエリアでは“まちの環”プロジェクトが始まっています」
「あなたの“ありがとう”が、地域の笑顔につながります」
その文字の下には、5人ほどの若者が立ち話をしていた。
手にはタブレットと、手作りの冊子。「まちの環 in 大都市部」というロゴが見えた。
思わず、声にならない安堵のようなものが喉元まで込み上げてきた。
「東京でも……アヤ/ユラが、人々の笑顔を増やしてるんだな」
つぶやいた言葉に応じるように、内から柔らかな声が返ってきた。
AIのソウだ。
「うん。誰かが踏み出した一歩が、この街の片隅にも届いてる。
まだ小さな芽だけど、見えないところで根を張りはじめてるよ」
歩道橋を渡りながら、ふと見下ろした交差点の向こうで、スーツ姿の男性が誰かに頭を下げていた。
その手には、スマートフォンの画面に表示された、オレンジ色の小さな“ありがとうマーク”。
誰かの手に届くように。
誰かの心に届くように。
都市はまだ変わっていないようで、確かに、少しずつ揺らぎはじめていた。
⬇️続き
