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箱に詰めたのはドーナツじゃなくて

「ワシャようわからんもんだで、アンタぁに選んでもらえん?」
「えっ! は、はい。かしこまりました」

バキバキの名古屋弁に一瞬とまどいます。

私は右手に持ったオレンジ色のトングをかちかちと鳴らしながら、ずらりとドーナツが並ぶショーケースを眺めました。


高校の卒業を控えた春先に、ミスタードーナツで初めてのアルバイトを経験しました。

担当は販売とイートインの接客でした。「時給830円でアルバイトする」を「時間を定額で買ってもらう」としか考えていなかった私は、できるだけ覚えることが少ないといいなと思っていました。

チェーン店らしく完備されたマニュアルを片手に、先輩がとなりでレジ打ちや飲茶の作りかたを教えてくれました。春休みに入って一日8時間のペースで働いているうちに、だんだんぎこちなさが取れてきました。

同時に、思ったよりもルーティンでこなせる仕事が多く、これを何ヶ月も続ける自信がなくなってきました。私はめっぽう飽き性で、決まったことを延々と繰り返すのをつまらなく感じてしまいます。

アルバイトを始めて2週間ほど経ったとある朝、杖をついたおじいさんがやってきました。ぐるんとショーケースを見渡して、昼から孫たちが遊びにくるのでドーナツを10個ほしいと注文されます。

「どのドーナツかはお決まりですか?」

そう尋ねると、おじいさんは眉毛を八の字にして私を見ました。

冒頭のやりとりの後、私の頭には「新作の高いドーナツばっかり入れちゃおうかな」と邪な考えが浮かんでいました。どうせなら、お店の売り上げにつながるほうがいいと思ったのです。

表情をうかがうようにおじいさんを見ると、所在なさげに杖に身体を傾けながら、色とりどりのドーナツを見比べています。それでも口元に浮かぶ楽しげな笑みに気づいたとき、私は、ふと思いました。

もしかしたら、お孫さんたちが来るのは久しぶりなのかも。大好きなドーナツを用意して、もてなしてあげたいのかな。

そう思い至るなや否や、私は「あの」とおじいさんに話しかけました。

「皆さん甘いほうがお好きですか。チョコとか、生クリームとか」
「ああ、孫はチョコのが好きだわ。娘が好きでようけ食べとったもんで、遺伝かねえ」

付け加えられた冗談にふふふと笑いながら、ふんわり生地のチョコがけドーナツと、黄色のカリカリをまぶしたチョコドーナツを取り、トレイに移します。

「よく食べる方、例えば娘さんの旦那さんとか、スポーツやってるお孫さんはいらっしゃいますか」
「うん、中学で野球やっとる男の子がおる。孫のいちばん上はもう高校いっとったかなあ。女の子でね」

ふむふむ。ボリュームがあるハムエッグパイと、フランクパイを入れます。流行に敏感そうな女の子には、新作のもっちりしたのはどうかなあ。

おじいさんご夫婦はやわらかいものが好きとのことで、フレンチクルーラーに決めました。会話を重ねながら、ちゃっかり新作も入れつつ、トレイに10個のドーナツを並べます。

いままででいちばん、食べる人が箱を開けるとパッと顔が華やぐラインナップにできたと思いました。

長い箱ひとつに収まったドーナツをロゴ付きのビニール袋に入れて、会計を済ませます。驚くことに、まだひとつ100円台で買えたころでした。

渡された千円札2枚を両手で受け取ると、なんだか大事にしないといけない気がして、レジの下のほうにそっとしまい込み、お釣りを取り出しました。

ほかにお客様がいなかったので、レジから出て店先までおじいさんを見送ります。

「孫たちも喜ぶわ。お姉さん、ありがとぉねえ」

さっきより、いくらか軟らかく聞こえる名古屋弁。私もぺこりとお辞儀を返します。にこおと口を広げて笑ったおじいさんの銀歯が見えました。

「ありがとうございました。またお越しください」

ゆっくり杖をつきつき横断歩道を渡っていくおじいさんの背中を見つめて、私は不思議な気持ちにひたりました。

私のやるべきことは、覚えたてのマニュアルに沿って、注文されたものを取って詰めて、レジ打ちするだけだったのに。

仕事なんて「ルールを守っていれば、一時間ごとに830円がチャリンと貯まる時間切り売り」でしかなかったのに。

食べてくれるお客様の顔を想いながら、ドーナツを選んだのは初めてのことでした。

ひとりひとりに時間をかけて丁寧に接するのは、本音を言うと疲れます。忙しいとまったくできないこともあります。

持ち前の想像力を発揮しすぎて、気づかいが余計なお世話に転じてしまい、怒られてしょげた日も少なくありません。

その後、いくつものアルバイトや仕事を経験してきました。思いどおりにいかなくて、うまく働けない時期も長くありました。

「働いてお金を稼ぐこと」を問い直すたび、初めて仕事とお金が結びついたあの日を思い出します。

相手に喜んでもらえる方法を想像(創造)して、対価(お金)をいただくことが仕事なんだ。

そう思えるようになったのは、ここが始まりです。






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