いとこ初対面・三部作【第3話】いとこは血縁──従姉妹同士で手を取り合った日
※このエッセイは3部作です。
82歳の叔母・恵子さん(仮名)と一緒に、その従姉102歳の八重子さん(仮名)を訪問した2日目。
午前中、私は身元引受人として、八重子さんの主治医に呼ばれていた。
伯母の八重子さんは、前日から「あした、お願いね」を繰り返していた。
あとから思えば、1日目の伯母のちょっとした不機嫌は、この面談に対する不安だった思う。この主治医には、余命宣告を何度か受けているらしい。
102歳、今回も余命を告げられるのか。
八重子さんは、いつ”その日”が来てもいいように、あらゆる準備を整えている。遺産の寄付先も決まっている。葬儀も契約済。
死後の細かい手続きや納骨などは、信託銀行や業者以外にも、私がいることで、安心してくれるようになった。
「すみやかに、静かに永遠の眠りにつきたい」とさえ、口にする。
それでも、
100年を超えて生きていたとしても、…最期を思うと怖いはず。
近くにくるーーと思えば思うほど、私の想像以上に重いものかもしれない。
館内の診察室には、八重子さんと私の二人で入る。
恵子さんには、廊下の椅子で待ってもらった。
「プライベートな話ですから、ふたりで聞きましょう」と言うと、八重子さんも安心してくれた。
まだ、会ったばかりの従姉妹の壁は、厚い。
ドクターからの話は、想定内のものだった。
延命治療の意思確認や入院の可能性、今後の医療の方針など。
心機能低下で、この夏も油断はできません。
その説明を、伯母もしっかり聞いていた。
返事もしていた。頭はしっかりしている。
診察室を出た瞬間、八重子さんに聞かれる。
「で、"裏では”なんて言ってたの?」
あはは、おばちゃん、するどいな。102年も生きてるだけあるわ。
ドクターとの”裏の話”は、2点だけだった。
● 薬の飲み間違いが、頻発している。お薬カレンダーや薬の一包化も、自分で管理できると拒否された。
● 部屋の中をもう少し片づけないと、転倒する危険がある。死後も大変。
そこらへんは、八重子さんから聞いていて知っている。
主治医に伝える。
「どちらも自己責任なので、好きにさせてあげてください」。
八重子さんには、ちょっとごまかす。
「部屋の片付けと、コミュニケーションをとってくださいって言われました」
あとで気づいたんだけど…、
八重子伯母さん、主治医の話がちっとも聞こえてなかったのよね。
耳、遠いもん。
でもなんだ、あの優等生な返事は。
耳が遠い、いや遠くなくてもやってしまう「高齢者あるある」。
特に女性高齢者。
どんだけ相槌が上手やねん。
部屋に戻ってから、主治医の”表の話"を、八重子さんにゆっくり伝える。
心配していた恵子さんにも、聞いてもらう。
「延命治療は無しですね」
「おばちゃんが"痛いこと"とか"辛いこと”は、すべてきっぱり、断りますからね」
こう言うと伯母は、ふっと涙を浮かべた。
「ええ、お願いね、まるこちゃん」
伯母が私の手を握る。細くて小さな手だった。
それから、伯母は明るく、いつもの伯母に戻った。
不安を察してあげられなくて、ごめんね。
強くても、賢くても、みんな怖いのは一緒。
だから、できる限り自然に寄り添っていこう。
父が大好きだった、きっと叔母も大好きな、この”八重子姉さん“を。
恵子さんの携帯が鳴る。
「携帯、鳴ってるよ」と私が言うと、
「え、鳴ってるの?」
「聞こえないわよ、ねー♪」なんて、
ふたりで手を取り合って、喜んでいる。
良かった。
「まるこちゃん、わたしのこと“おばちゃん”って呼んでくれてるけど、”あ“が足りないのよ」
「"あ"、が足りない?」
「そう、私、おば“あ”ちゃんよ! おほほ♪」
なんて、上機嫌なんだ。
102歳と82歳と一緒にいたら、アラカンの私はとんでもなく若者になった気分。
「あなたは"youngest”よ!」って、なんでそこだけ英語やねん。
楽しかった。ーーーここらへんは。
実は、2日めも、靴下なしの私は怒られた。解禁かと思ってたのに。
でもこの日は、即座にバッグから靴下を出して、パパっと履く。
伯母がようやく安心する。
「ほら、靴下を履いたら、落ち着くでしょ」と言われ、
「はい。そうですね。次からは気を付けます。にっこり」。
って、私は靴下が大嫌いなんじゃーーーーーー!
午前中に退去するつもりが、お昼も一緒に食べましょうよ、とまたレストランに行った。
私は、「靴下+サンダル」という、昨日より、"けったいな足元”をもじもじすることとなった。ランチは、とてもおいしかった。
部屋に戻り、打ち解けた八重子さんが、恵子さんに言う。
「もう、みんな亡くなってるから、あなたが一番近い血縁よね」
叔母が返す。
「お姉さんに会えて、本当に嬉しいです」
その言葉に、伯母と叔母がしみじみしている。
そして私も、知らないうちに、深く息を吐いていた。(疲れた…)
その日、帰り際に伯母はマンションの立体駐車場まで送ってくれた。
私の軽自動車、見られちゃった♪
でも、”わたしは、わたし”。これでいい。
「来月、また来ますね」
そう言って伯母の手を取る。
伯母はいつものように、力強く握り返してくれた。
うん、八重子おばちゃんは、まだ生きる。
そう思った。
帰りの首都高は、行きより走りやすく、恵子叔母さんも楽しそうだった。
完。
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