認知症の母の発言を恥ずかしいと思っていた話
亡くなった母は、もともとおしゃべり好きで、誰にでもなんでも話す人でした。ただでさえ恥ずかしいのに(笑)、認知症になってからは、事実と違うことを言うようになり-――。
私はそのたびに、ハラハラ、やきもきしていました。
■エピソード1:各階にコンビニ
自分の姪と楽しそうに電話している母。
「うちが入院してた病院な、各階にコンビニがあったんよ~」
そんなわけない。いくら大病院でも、それはない。
従姉に母が適当なこと言うてごめんとLINE。
「うん、勘違いってわかってたよ♪」で終わる。
――気にしていたのは、私だけだった。
■エピソード2:琵琶湖が新潟に?
秋晴れの日、母をドライブに連れ出した。
久しぶりに琵琶湖(滋賀県)を見る母は、「海みたいやわ」と大喜びしてくれた。
翌日、デイサービスの連絡帳に
「新潟で海を見てきたと、とても楽しそうお話されていました」とあった。
どこまで行ったことになってんねん。
今なら「さいでっか…」だけど、当時はわざわざ訂正していた。
…こうやって書いてたら、母の間違い話もたいしたことじゃない気がしてきた。でもそれは、
今だから、そう思うのかもね。
そのときの*当事者*にならなくちゃ、わからないこともある。
■エピソード3:墓が朽ちた事件
「ご先祖のお墓が、朽ちてぼろぼろになってた」と母が言い、親戚中が大騒ぎになったことがある。きっと母は、お墓参りに行けない心配が、現実に起こってることになったんだと思う。
様子を見に行った親戚が、スン♪と立ってるお墓を見て、
「大丈夫やん!」と怒ってた。あはは。
いや、笑ったらあかんけど、笑うくらい許して。
石のお墓が朽ちるって、どんな感じ?(こら)
母の言動が怪しくなってきたころ、
「ご迷惑をおかけすることもあると思います。何か言ってきたら、私たちにいつでも連絡ください」って、兄と一緒に親戚中に言うたもん。
そのとき、「あー、大丈夫、大丈夫!おばちゃん、しっかりしたはる!」とか言うて聞いてくれへんからやん。
…知らんやん。(と、今だから開き直って言える)
丁重にお詫びしました。すみません。
親が認知症で、振り回されて、恥ずかしくなって。
こんな思いをする人って、たくさんいると思う。
認知症をあまり知らない人の反応は、軽い。
「心配してたけど、全然しっかりしてるやん。また大げさに言うたなぁ。」って。悪気はない。安心させるために言ってるだけかもしれない。
でも、ーーーわかってもらえないもどかしさ。
一日ちょっと会っただけで、何がわかるん。
人前では、しっかりしちゃうのよ。認知症は、ムラがあるのよ。
名前も家族もわからなくて、徘徊するのだけが認知症じゃないよ…。
■エピソード4:ちょっと変わって、いとこの話。
母の死後、認知症が出ている伯母に電話した。
「まるこちゃんの声を聞くなんて5年ぶりくらいかしら」と喜んでくれた。その前日に会ってたんだけどね・・・(^_-)-☆
電話を替わった従兄のお兄ちゃんが「5年ぶりやて…(苦笑)」と。
あー、お兄ちゃん、ちょっと困ってる?
ここは、明るい妹分のまるこに任せて♡
「うちの父も、施設にもう30年おる言うてんねん」(実際は1年ほど)
「え?30年?^^;」
「ほんでな、暴れはったから、あした謝りに行くねん。てへへへへ」
「まるこも大変やな~♪」
「うん、あしたが30年後に来てほしいわ」(笑)(笑)(笑)
介護疲れしてるお兄ちゃん、笑ってくれてよかった。
ちょっと肩の力が抜けてくれてたらいいな、と思った。
私もたぶん、恥ずかしいと思った場面で、
「大丈夫だよ」「たいしたことじゃないよ」じゃなくて、
単に誰かに笑かしてもらいたかったのかもしれない。
そして、本当の母をそのまま受け止めてもらいたかった。
ゆる~く受け止めて、
かる~く流して、
あはは~とちょっと笑って、
そうできてたら、どんなに楽だったろう。
最終的には母は寝たきりで、『要介護5』になった。
いわゆる介護度の満点。ここまで来たら振り回されることも減った。
振り返れば、いちばん大変だったのは初期のころ。
私も未熟だったと思う。
私は介護のプロでもないし、精通しているわけではない。でも、一般人まるこは、こんなこと考えて介護してたんだよって、知ってもらえたらうれしい。
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