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評価されたからではなく、届いたことが嬉しい|在るべき場所に納まること

ライターのまる きょうこです。
パートナーと深い深い話をしたので、書き留めておこうと思います。
ちょっとわけのわからない内容もあるかもしれませんが、感覚でお読みいただけたら幸いです。


書くときってどんなふうに書く?

パートナーからこんな質問をされました。
皆さんはどうでしょうか。

私は、書きたいことは「空から降ってくる」みたいに思っています。
たとえば歯磨きしながら、ドライヤーで髪を乾かしながら、「あ、これ書こう」とテーマを思いつきます。

そのテーマを頭に思い浮かべながらパソコンの前に座り、キーボードに手を乗せると、自然と書きたいことが出てくる、みたいな感じです。

ライターらしくありませんが、あらかじめ構成を練ったりもしません(仕事のときは別です)。

なぜそうするかというと、浮かんできたことが必要なこと=適切なことだと、信じているからです。

これを話したら、パートナーも同じだと言ってくれて、嬉しくなりました。

必要な人に届いたら嬉しい

そうやって書いたものが、必要な人に届いたら、とても幸せです。

最近、記事にコメントをいただく機会がちょっとずつ増えてきて、大変ありがたいと思っています。でもそのとき私は「褒められて嬉しい」よりも「届いたことが嬉しい」んです。

文章としてきれいだとか上出来だとか、そういうことよりも。
これはきっと誰かに届くべきものだから文章として生まれていると思っているので、ちゃんと届いた人が一人でもいるなら、とてもとても嬉しいです。

届くっていうのは別に、私の記事を読んで人生が変わったとか大袈裟なことじゃなくても、心がふわっとなったとか、クスリと笑ったとかでも、なんでもいいんです。

どう届くかは読み手次第だと思っているので、私はそこをコントロールすることはできません。

でも、お手紙がちゃんと郵便受けにコトリと入って、入りましたよと教えてもらえたら、幸せです。

在るべき場所に納まりたい

パートナーは、書くことを通して「人の役に立ちたいと思っているんだけど、役に立つという言葉よりももっと、じんわりとした影響でありたい」と話していました。

そこから、「役に立つ」って何なのか?という話をしました。

これも人それぞれだと思うんですが、私は究極、「宇宙の物質として在るべき場所に納まること」が役立つことだと考えています。

考えているというよりは、そう在りたいんですよね。

同じ「役立つ」を表現するのでも、「貢献する」とか「愛を与える」とかって言葉には価値観が含まれますが(それが悪いわけではなく)、私はもっともっとシンプルに物質として「正しいポジションに納まりたい」と思っています。

たとえばそれは、「木」が「水」になろうとせず、「木」として本来の役目を果たすみたいなこと。

人間でも、それぞれが持つ本来の個性に納まることって、すごく楽だし、能力を発揮できることなんじゃないかと思っています。書くこともきっと、その人が本来のその人として自然に書けることが一番ですね。

で、そういうふうに必要な場所に納まったときに起こる化学反応が、人との出会いや出会って生まれる感情だったりして、それが「届く」「役に立つ」ということだと私は思っています。

届くというと一方向のようだけど、正しい場所にあれば、それは双方向で起こるはずなんです。

パズルのピースが正しい位置に納まれば一つの絵になる

パズルのピースはそのままでは、一つのカケラに過ぎませんが、正しい位置に納まって全体を眺めたとき、大きな絵に組み込まれますよね。

パズルのピース、つまり一人の人は、世界の調和の一端みたいなもの。

正しい位置に納まるとは、その人らしく生きること。

一番、自分の真ん中に従って生きること。

そうすることで、大きな世界とも調和できる。

個であるけれど全体でもある状態

これが本当に幸せで、役立つ在り方じゃないかなと思います。

昨日はこんな深い話をしたので、疲れ切ってしまいました(笑)。自分のものすごく深いところに潜って言葉を取り出してきた感じです。

私の意味のわからない話をいつも理解してくれるパートナーにも感謝ですね。

↓私と話して感じたことを、パートナーも記事にしてくれました。

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