見出し画像

Netflix新着韓国ドラマ「サラ・キムという女」偽物が偽物を奪う物語が面白すぎた

「サラ・キムという女」を2日で完走

「ちょっと1話だけ」のはずだった。
気づけば2日で完走。もう止められなかった。

人生に詰みかけた女が自殺に失敗し、
“サラ・キム”という完璧に設計された別人格を作り上げて生き直す——

…はずが。

成功した「サラ・キム」になりすます、また別の女が登場。

え?待って?
サラ何人いるの?戸籍どうなってるの?

整理する暇もなく、

「で、あなたはサラとどういうご関係で?」

みたいな人物がわらわら出てきて、脳が軽くパンク。

最終的に行き着く問いはひとつ。

何が偽物で、何が本物?


***


このドラマがえぐいところ

「偽物とは何か?」という問いを、ブランド論から人格レベルまで拡張してくる。

ざっくり整理すると:

  • 元の女 → 人生詰みかけ

  • サラ・キム → 完璧に作られた“ブランド人格”

  • 王室御用達ブドワール → 権威という虚構

  • バッグ → 偽物だけど区別不能(むしろ本物が幻想)

  • 移民職人 → 社会の透明人間

  • 結末 → 自分が作った虚構に自分で埋葬される

「区別できないなら、それは本物だろ?」

この思想、資本主義の喉元にナイフ突きつけてる。
ブランドも肩書きも身分も、結局は“信じられているから”存在している。

サラ・キムはそこをハックした。

怖いよね。頭いい悪役ほど厄介。


***


サラ・キムが本当に欲しかったもの

彼女が欲しかったのはバッグじゃない。

物語

「このバッグが似合う女」になりたかった。
透明なデパート店員から、象徴へ。

そして逆転する。

偽物の自分。
偽物のブランド。
偽物のバッグ。

全部ニセモノ。でも市場は回る。人は買う。憧れる。

社会は“信じられた物語”を本物にする装置だから。

王室御用達?
権威が保証するから本物。
でもその権威も、ただの設定。

本物とは実体じゃない。
「疑わなくなった瞬間」に成立するもの。

でも疑われたら終わり。

サラ・キムは、“サラ・キム”という虚構を、別の女に奪われる。
だって元から本物なんて存在しないんだから。

これ、残酷すぎる。


***


サラ・キムの最後の選択

彼女は、虚構を完成させることを選ぶ。
何者でもない自分を消して。

これは執着か、創造主の美学か。

一度でも“物語を作る側”に回った人間は、舞台を降りられないのかもしれない。

倫理的には完全アウト。
でも美学として、少しカッコよく見えてしまうのが悔しい。

そしてあの男前刑事。
あなたはたぶん一番現実的で、一番報われない。


***


久しぶりに一気見できるドラマだった。
脳は混乱したけど、心は大満足。

面白かった。
また、フィクションに人生を救われてしまった。


***


映画やドラマの感想目次はこちらです

いいなと思ったら応援しよう!

ちー母ちゃん いただいたチップは大事に使います♡