九段下は階段だと思っていた私が、映画『大きな玉ねぎの下で』で泣いた話
九段下は階段だと思っていた
久しぶりに、こんなにまっすぐで純情な恋愛映画を観た気がする。
駆け引きとか、ドロドロとか、不倫とかすれ違いとかじゃないから。(普段、何見てるんだ)
映画『大きな玉ねぎの下で』。
若い二人の恋物語なのだけれど、私がぐっときたのはむしろ親世代の物語だった。
そもそも、このタイトル。
若い世代はピンとこないかもしれないけれど、爆風スランプの名曲「大きな玉ねぎの下で」から来ている。
青春だよね。
と言いつつ、私はこの曲と「Runner」くらいしか知らない。
でも当時、歌詞に出てくる
九段下って地名、
「九段下って階段のこと?」って思ってた。
大阪だとそんな地名知らないもん。
(中学生の頃だったし)
今思うとちょっと恥ずかしいけど、たぶん当時はそう思ってた地方の人、けっこういると思う。(と思いたい。)
また先にどうでもいい話をしてしまった。
***
「いつかじゃなくて、今会いたい」映画を観て思ったこと
この映画の中で、主人公の両親も昔、文通をしていたという設定がある。
そして、爆風スランプのライブの日に
「大きな玉ねぎの下で会おう」と約束する。
でも、その約束が果たされたのかどうかもわからないまま、月日は流れていく。
あの頃、同じ場所で青春を過ごしていた4人。
それぞれ別の人生を歩んで、大人になってから再び顔を合わせるシーンで、
ちょっとぐっときた。
この年になると、
もう会えないだろうと思う友達を思い出してしまったから。
その時、体が弱くて余命宣告されていた主人公のお母さんが残した言葉がある。
会いたい人がいるなら、いつかじゃなくて、今、会いに行こう
お母さんが言うから、重い。
お母さんみたいに余命宣告されるまで、気づかない言葉かもしれない。
でも、
主人公が書いた手紙にはちゃんと、
「いつかじゃなくて、今あなたに会いたいです」
って書いてあった。
世代を超えた「想いのバトン」を見た気がして、感動してしまった。
同じように大事な人を思う気持ちがそこにはあって、
わたしはこの若いカップルが幸せになるといいなと思った。
***
運命の恋
文通なんて、私はしたことがない。
でも、ちょっと憧れはある。
顔も知らない相手と、言葉だけでつながっていく感じ。
昔なら文通。
少し前ならメール。
映画 ユー・ガット・メール なんかもそうだったよね。
今はSNSとか、ネットで知り合う時代。
ある意味、文通の進化系なのかもしれない。
でも、便利になったぶん
「運命っぽさ」は減ったのかもしれないなと思う。
昔は出会いが少ないから、
ひとつの出会いがすごく特別に感じられた。
そう言ったらきっと、今の子たちにも言われそう。
今も出会いが少ないって。
だからやっぱり、どんな出会いも、人と人が出会って、ましてや恋をするなんて、本当に特別なことなのかもしれないなと思った。
***
最後に
映画を観終わったあと、ふと思った。
大事な人には
「いつか」じゃなくて
「今」会いに行かないといけないんだな。
「そのうち会おう」
「落ち着いたら連絡しよう」
そう言っているうちに、時間は普通に過ぎていく。
そう言えば劇中で起業家が言ってた。
俺たちが一番奪われるのを嫌うものは時間だ
ちょっとビジネスっぽい言い方だけど、
この映画が言いたかったことは、きっとこれなんだと思う。
時間=人生
「いつか」は未来だけど
人間が本当に持っているのは
今の時間だけ。
だからこそ、
会えるときに会う。
伝えたいことは、今伝える。
そんな当たり前のことを、静かに思い出させてくれる映画だった。
もし会いたい人がいるなら、
その人の顔が浮かんだ今が、会いに行くタイミングなのかもしれない。
いい映画でした。
***
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