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【連載長編7】白鯨物語 Completely Change Ver. 丸山健二

         ☆

 翌朝のこと
 俺が手に提げていた人間の頭の干物が床屋の目に留まり
 厭がると思いきや
 彼は鬘を納めておく台として使えそうだからと言って欲しがった。

 俺としても
 いくら親友からの贈り物だからとはいえ
 そんな代物をいつまでも持ち歩くわけにもゆかず
 間髪を入れずに只でくれてやった。

 その礼として無料になった散髪を済ませてから
 強引に分け与えられた例の金で二人分の宿代を支払い
 借りた手押し車に自分の粗末な旅行鞄とクイークェグの海事袋とハンモックを積み
 ナンタケット行きの定期船が待つ波止場へと急いだ。

 行き交う人々の目がひっきりなしにこっちへ投げつけられるのは
 何もクイークェグの怪奇な容貌に関心が集まってのことではなかった。

 そこでは人目を惹く身なりの人種ならばほかにもうじゃうじゃいて
 地元住民ならばとうに見飽きているはずで
 だからしてかれらの興味はひとえに
 蛮人と白人が仲良く連れ立って歩いていることにあったのだろう。

 しかし
 窮屈な社会の枠に縛り付けられた連中がどんな目で俺たちのことを眺めようと
 そんなくだらない価値観は真の友情になんの支障もなく
 それどころか
 俺たちの自由の深さを誇示するための絶好の機会とさえ思えるほどだった。

 まさに然り
 俺が求めて止まないのは
 酷い曲解を巡って展開する世間の動向を物ともしないような
 偏見のかけらも見いだせないような
 完璧な自由であり
 要するに
 真の自由のなかで生き
 本物の自由のなかで死んでゆけるのであれば
 もうほかの人生は望まないつもりだった。

 クイークェグはしばしば足を止め
 銛の刃の部分にすっぽりと被せた鞘の位置を直し
 それは彼の職業意識と誇りの高さを示す一種の癖なのかもしれなかった。

 どこの捕鯨船にも商売道具たる銛くらいは消耗品としてごっそり用意してあるのに
 どうしてわざわざ自前の銛を持ち歩くのかわからず
 その理由を尋ねてみると
 こんな答えが返された。

 鯨を獲物として仕留めるためだけの単なる道具ではない
 鯨を相手に命を賭して闘うための神聖な武器である
 だからして借り物を使うわけにはゆかない
 それでは偉大な敵に対して礼を失することになるのだから。

 そして
 さらにこう付け加えた。

 キリスト教徒は人間以外の命をあまりに軽く見過ぎている
 同じ源から発している人間の命も動物の命も互角であり
 それぞれが同等の価値を具えているのだ
 とりわけ双方が真剣勝負をする際には
 いつも以上に相手の生を尊重しなくてはならない。

 彼のそうした言葉に俺はいたく感銘を受け
 これまで自身の命のことばかり考えて生きてきた日々の収支を決算するには
 もはやこの男と行動を共にするしかないと改めて意を決した次第だ。

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言葉を駆使した文学作品の可能性を追求したいと思っている文芸誌です。丸山健二の連載「白鯨物語」、掌編小説集「百と八つの流れ星」から一篇、さら…

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