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つれあい(下)

割引あり

 あの時代は経済的繁栄という激変の時代に突入していました
 その津波が地方へもどっと押し寄せ
 見向きもされなかった平凡な山林が高級別荘地へと次々に生まれ変わっていったのです
 まさに異常な激変でした
 冴えない暮らしの連続によってすっかりいじけてしまっていた
 素朴なという言葉では括れない田舎の人々も突然の好機にすっかり浮足立ち
 先祖代々受け継がれてきた地道な暮らしを生き方の軸から外し
 楽をして大金が得られる危険な近道へと殺到していったのです
 都市部からやってきたペテン師同然の輩の口車に乗せられ
 現ナマで頬を張られてひとたまりもなく落ち
 夢のまた夢であった海外旅行のパンフレットに飛びつき
 伝統的であった劣等感の反動によって
 今日本を訪れている外国の旅行客をとても嗤えないような
 なんとも恥ずかしい振る舞いを始めました
 拝金主義の横行が敗戦によって上目遣いに世界を眺めていた島国の人々が
 急に張った胸には現金といっしょに驕慢が無様に渦巻いていました
 そんなおぞましい世相に合わせるようにして
 純粋であるべき文学も多大な影響を受け
 そうでなくても家元制度的な歪んだ文化であったところへもってきて
 不動産業に首を突っ込む出版社まで現れたのです

 急速に衰えかけたとはいえ
 それでもまだ文学の力を信奉する気風が完全には殺がれていませんでした
 その証拠に純文学の書き手への需要があり
 のみならず
 僅かながらもいい作品への正当な評価もなんとか引き継がれていました
 また
 好景気に合わせるかのように単行本も雑誌も依然として売れつづけ
 ために「出版は永遠なり」という根拠なき自信が業界を支配しました
 大手の編集者らは作家をダシにして交際費をふんだんに使って夜ごと遊び惚け
 かれらが集う酒場では文学よりも外国旅行が話題の中心になりました
 売らんがための文学賞が幾つも創設され
 まずは選考委員のあいだでたらい回しされるといった遣り口が当たり前になったのです
 少し前までは曲がりなりにも最低限のモラルが守られていたのですが
 その頃から文学もへったくれもない
 「売れるが勝ち」の図式が露骨になり
 他業種と同様にえげつなさがむき出しになって
 しまいには自分の首を自分で絞める方向へと突き進んでゆきました
 今にして思えば
 結婚当初から文学への関心が極めて薄い妻の姿勢は
 結果的に正解だったのかもしれません

 安っぽいナルシシズムと薄っぺらなマゾヒズムの前に立ち往生した日本文学を
 さらに無視しつづけて
 普遍的なテーマに挑む力強い文学を独りでめざす虚しさが急速に募ってゆきました
 無理からぬことです
 書斎に閉じこめておけるようなか弱い若さではないところへもってきて
 元々好きで始めた仕事ではなかったせいもあって
 たちまちにして屋外の行動へと魅了され
 ランニングを兼ねたトレッキングからオフロードバイクや四輪駆動車やラリー車へと刺激の目標を変えてゆき
 そんなことに熱中する物書きが珍しかったのか
 その手に関する仕事がどっと増え
 行動的な過激な物言いのエッセイも受けて年収が一挙に膨れ上がり
 そうした仕事をこなすためのチームを組んでしまうまでに発展しました
 だからといって
 小説への姿勢まで歪めようとは思いませんでした
 それはそれでそのまま仕舞っておき
 質を停滞させたままにしておきました
 そんな夫の変貌ぶりに妻は相変わらずの態度を保っていました
 我関せずといった
 いつものあの調子です

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