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白鯨物語 Completely Change Ver.【2】

          ☆
 
 使命感とやらによく似た威圧的な感情に嗾けられ
 運命としか言いようがない衝動に唆され
 はたまた自身のつかみどころがない性格に先導されて
 俺はマンハットーの街に別れを告げ
 ホーン岬と太平洋と得体の知れぬ目的とをめざした。
 
 途中何事もなく移動に専念することができ
 ニューベッドフォードへ辿り着いたのは
 十二月の確か土曜日だった。
 
 すでに灯点し頃になっていたせいで
 ナンタケット行きの連絡船はとうに出航した後で
 次の便に乗るには月曜日まで待たねばならず
 ために出鼻を挫かれた感が否めなかった。
 
 誰かに強制されたわけでもないのに
 捕鯨なんぞというあまりに荒くれた
 あまりに過酷な仕事に従事したがる
 かなり頭のいかれた若者の大半は普通
 このニューベッドフォードにやってきて
 ここを出発点に言語道断の航海へ旅立つのだが
 しかし俺に限ってそれに倣うつもりはさらさらなかった。
 
 我が新たなる人生の旅立ちの港
 そこはナンタケットにほかならず
 すでにしてそう心に決めていたのだ。
 
 なぜとならば
 あまりに名高い島であるナンタケットに纏わる何もかもが
 どれひとつ取ってみてもあまりに蠱惑的で
 曰く言いがたい情熱を秘めており
 その地名を口にしただけで
 何かに向けて激しく駆り立てられてしまうからだった。
 
 ニューベッドフォードは近年
 捕鯨業界をほとんど席巻するほどの異常な活気を呈しており
 その分ナンタケットは衰退の坂道を転がり落ちようとしていた。
 
 それでもナンタケットはなんと言っても本家本元としての伝統と格式を具えており
 何しろ
 白人がこの偉大な大陸を発見し
 大挙して押し寄せてくるずっと以前から
 赤い肌をした原住民がちっぽけなカヌーを巧みに操って
 鯨という怪物を獲物としてしとめていたのも
 ほかならぬこのナンタケットだったのだ。
 
 俺としてはそんなインディアンどものくそ度胸にあやかって
 勇気を鼓舞して士気を鼓吹し
 若い者に相応しい生気あふるる人生へと舵を切りたかったのだろう。
 
 憧れの地であるナンタケットに渡るまでには
 成り上がりの塒であるこのニューベッドフォードで一泊し
 することが何もないまま
 さらにもうひと晩泊まらなければならなかった。
 
 ところが
 どこの宿においてもどこで飯を食っていいのか皆目見当がつかず
 余所者の野良犬よろしく路地から路地へとさまよっているうちに
 なんだか流れ者の悲哀なんぞに包みこまれて
 ひたぶるに切なくなったものだ。
 
 夕間暮れには行人の影もぱったりと途絶え
 そして晩方になるとぐんぐん冷えこみ
 心中怏々として
 せっかくの冒険旅行が楽しめなくなり
 おまけに
 ポケットに残っている銀貨はたったの数枚で
 それを使い果たした後はもう途方に暮れるしかないという体たらくだった。
 
 一挙に小心翼々たる俗物へ傾きかけた俺は
 腹立たしいほどの賑わいを見せている盛り場の片隅にひっそりと身を置き
 漆黒の天を仰いで長大息し
 自滅の道筋を脳裏に想い描いた。
 
 街の灯りが残忍な優しさを込めてきらきらと輝き
 停泊中の船の灯りが憎しみを込めてぎらぎらと光り
 しかしながら居直りの名人でもあるこの俺さまが
 そういつまでも呆然自失のどん底に投げ出されているはずもなく
 現にほどなくして
 これまでの短い人生で知らず知らず培ってきたふてぶてしさが舞い戻り
 窮地に何を為すべきかを思い出させてくれたのだ。

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6,435字

丸山健二がメルヴィルの大作『白鯨』を超訳した「白鯨物語」の連載2回目をはじめ、新しい文学を目指す書き手たちが挑んだ、小説、詩、エッセイを掲…

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