白鯨物語 Completely Change Ver.【4】
☆
夢ひとつ見ない熟睡から目覚めたときにはすでに朝日がきらめいており
不実な俺が身を置くこの有象無象の世界は永久不変の造化の継続に余念がなかった。
そして
流転する万物の一部としての俺たちはというと
どうやら眠っているあいだに無意識の引力が働いたらしく
まるで新婚夫婦のごとく腕を絡め合い
それどころか抱き合ってさえいたのだ。
むろん
そんなとんでもない事態を自然の成り行きとしてあっさり認め
無批判に受け容れてしまうわけにはゆかず
万一宿の亭主にでも目撃されたなら
あのにやにや笑いに拍車を掛けること請け合いで
それどころか男としての値打ちを根こそぎにされるのは必至だった。
泡を食ってクイークェグの腕を外そうとしたものの
そうしようと思えば思うほど抜け出せなくなり
おそらく奴は故郷の島に残してきた愛しい女の夢でも貪っていたのだろうが
それにしても恐ろしい腕力があったもので
この分だと
たとえ相手が鯨に匹敵する大きさの鮫であっても
ひとたび抱きついたからには死ぬまで離れないだろう。
かくなる上はもはや奴に起きてもらうしかなく
発音がややこしいクイークェグという名を呼びつづけ
ところがなんの反応もなく
俺の必死の呼びかけに返されるのは火山の鳴動のごとき大鼾のみだった。
あとは自力での脱出しかないと覚悟を決め
気合を入れ直して懸命にもがいてみたのだが
結果としては徒労で
どう頑張ったところで生温かい磔台から逃れられなかった。
そこで今度は耳元で怒鳴りまくってやり
するとその甲斐あって俺をつかんでいた腕から急速に力が抜けてゆき
ほどなくクイークェグは筋肉という筋肉をぶるぶるっと震わせ
バネに弾かれたみたいに突然半身を起こし
「なんだ、こいつは」と言わんばかりの目つきで
相客のことをじろじろとねめつけた。
ひと晩の経過で俺のことなどすっかり忘れてしまったらしく
そう思うと昨夜の恐怖がいっぺんに蘇ってきて
トマホーク煙管がトマホーク斧に変わったらどうしようと心底怖気づき
底なしの泥沼に突き落とされたような心地になり
頭のなかでは早くも廊下へ飛び出す算段が目まぐるしく飛び交い始めていた。
だが幸いにもそうした展開にはならず
奴はほどなく何もかもを正しく思い出せたらしく
今度はいきなり小娘のごとき恥じらいを見せ
片言の喋りと大仰な身振り手振りを駆使して
自分が先に部屋を出て行くからおまえはそう慌てて身支度を整える必要はないと
そんな意味合いのことを告げてきた。
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WEB シンブンガク vol.4
メルヴィルの『白鯨』を超訳した丸山健二の『白鯨物語』をはじめ、小説、詩、エッセイ等が詰まった読み物マガジン。今号から「読者投稿」ページがス…
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