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クラウドフレア物語② ~インターネットのボディガードだ!《後編:未来をつくる》

クラウドフレア(Cloudflare)の歴史と今後の挑戦を追う日本初のヒューマンストーリー。後編は、上場から現在までの流れ、同社のフィロソフィーと技術のバックボーン。そして、クラウドフレアのエッジコンピューティング、エンジニアスピリッツ、そして、未来への挑戦です。ー全2編・後編


第5章:信頼を築く──Shopifyとの提携。米大統領選での協力

スタートアップが名を上げたあとに直面するのは、技術力の証明ではない。
「信頼をどう築くか」──その問いにCloudflareも向き合うことになった。

当時、Cloudflareには、高速で、堅牢で、スケーラブルという評価があった。だがそれだけでは、企業が“大切なもの”を預けるには十分ではなかった。そんなときに手を差し伸べたのが、カナダ発のECプラットフォーム「Shopify」だった。本格提携の正式発表は2021年11月からだ。

Shopifyの課題は明確だった。
「1秒の遅延が売上を左右する」──それがeコマースの現実だった。

何百万人もの店舗、何億件ものトランザクション。ひとつひとつが高速で、かつ安全に処理されなければ、信頼も売上も崩れてしまう。
ShopifyがCloudflareに求めたのは、単なる“技術”ではなかった。
「未来を一緒に設計できるパートナーか?」という問いだった。


マシューたちは即座に応じた。
世界300以上の都市に張り巡らされたネットワークをフル活用し、CDN、WAF、SSL、ボット防御などの機能をワンパッケージで展開。加えてShopifyのヘッドレスフレームワーク “Hydrogen” と、それをホスティングする “Oxygen” サービスの中核に、Cloudflare Workersが組み込んだ。
さらにリアルタイムのトラフィック制御や、ゼロトラストセキュリティも投入した。

Shopifyのインフラ担当VPのマティ・トイア(Mattie Toia)はこう語る。
「どちらもエンジニアリングファーストの会社です。我々が自社サービスに深くコミットしているように、Cloudflareも自らのインフラに投資している。そんなパートナーは、本当に心強い。」

それは、単なるサービス提供者と顧客の関係ではなく、
“共通の思想を持つ仲間”としての信頼関係だった。


米政府に対しても、チャレンジが始まった。
2016年のアメリカ大統領選では、Cloudflareはトランプ/ペンス陣営をはじめ主要候補の公式サイトをDDoSやその他のサイバー攻撃から守った

この経験が基盤となり、翌年2017年には、「アテネプロジェクト」として、州や地方の選挙関連サイトにセキュリティ最上位機能を無償提供することになった。現在は、全米50州のうち半数以上の州と多数の地方自治体が参加している。

背景にあったのは、マシュー・プリンスの信念だ。
「インフラが脆弱なまま、民主主義だけを守るなんてできない」
2024年の米国大統領選では、サイバー攻撃は話題にならなかった。それは、Cloudflareの防御が大きな役割を果たしたからだ。選挙週(11月5日)だけで60億件以上の攻撃をブロックしたという。


Cloudflareは、もはや「セキュリティ企業」ではない。
企業が安心してビジネスを広げ、市民が安全に情報にアクセスし、政府が民主主義を支えられる、その“信頼の土台”を提供する会社へと進化している。

ミシェル・ザトリンは、こう語る。
「テクノロジーは、誰かのためのものじゃない。誰もが、安心してインターネットにアクセスできる世界。それが、私たちが歩み続ける理由です」。


第6章:なぜ選ばれるのか──インターネットを、もう一度デザインし直す。

Akamai。AWS CloudFront。Fastly。ーいずれも、名だたるインフラの巨人たちだ。歴史があり、資本があり、ブランドがある。

そのなかで、Cloudflareはなぜ、ここまでの支持を得てきたのか?
その差は──その思想だ。

Akamaiは、世界最古のCDN企業。大手顧客を多く抱え、高品質なネットワークを提供している。ただし、構築の複雑さやコストの高さは、小規模チームにとっては障壁となる。

AWS CloudFrontは、Amazonの巨大なクラウド・エコシステムの一部。
だが、機能の汎用性ゆえに、柔軟性やUIの直感性には課題もある。

Fastlyは、開発者の好みに応える高速なCDN。リアルタイム性やカスタマイズ性に秀でている。ただし、高度な技術スキルを前提とし、専任エンジニアなしでは扱いづらいことも多い。


では、Cloudflareはどうか?

  • CDN

  • DNS

  • SSL/TLS

  • WAF(Webアプリケーションファイアウォール)

  • Bot対策

  • Zero Trust

  • Workers(分散型サーバレス実行基盤)

これらを、すべて最初から“一体設計”で提供する。あとからではなく、初めから統合されている。

ある企業のIT責任者は、こう表現した。
「Cloudflareは製品を売り込んでこない。語るのは、“未来のあり方”。だから、彼らを信じられると思った。」


現在、Cloudflareが最も力を注いでいるのが、ポスト量子時代への備え
──すなわち、来る量子コンピュータの登場により、「既存の暗号技術がほぼ破られる」という未来対応だ。

RSA、ECC、Diffie-Hellman ──これらの暗号方式が、量子アルゴリズムにより短時間で解読される可能性が問題視されている。また同様に、TLS通信、金融取引、政府通信、VPN ──量子コンピューターは、インターネットの「根っこ」そのものを崩壊させる危険がある。

Cloudflareは、2022年からNIST(米国標準技術研究所)と連携し、Post-Quantum Cryptography(量子耐性暗号)の標準化と実装を進めている。

マシュー・プリンスは言う。
「未来を守るのは、“準備してきた人間”だけだ。
それはエンジニアの責任であり、社会への約束でもある。」

Cloudflareが目指すのは、

  • 誰もがアクセスできる

  • 誰もが安心できる

  • 誰もが未来に備えられる

ただの“速さ”や“守り”ではない。
社会変化のバックボーンとなること。“普遍的インフラ”としての「インターネットを、もう一度デザインし直す。」
それが、Cloudflareの信じる「思想」なのだ。

第7章:設計図の進化──エッジコンピューティングへ

2019年9月13日、ニューヨーク証券取引所。
Cloudflareは鐘を鳴らした。無数のスタートアップが夢見るIPOの舞台。

そこに、ひとつの名前──「Project Holloway」があった。共同創業者リー・ホロウェイの名だ。
アーキテクチャを設計した功労者とへの敬意として、上場プロジェクトは彼の名を冠された。

この直前に起きたのが、WeWorkのIPO失敗。投資家の間では“赤字スタートアップへの不信”が広がっていた。
Cloudflareもまた「インフラ系の地味な企業」「また赤字か」と冷ややかに見られた。

マシュー・プリンスは明言した。
「僕たちは、短期利益を追わない。長期的に“信頼できるインターネット”を創る。それが、Cloudflareの企業の価値だ」

2021年、株価は200ドルを突破。
時価総額は、一時2兆円を超え、Cloudflareは“未来に投資する企業”として再評価されていく。


あるファンドマネージャーはこう語った。
「Cloudflareは、もはや単なるインフラではない。
それは、インターネットそのものの“設計図”だ」

その中心にあるのが、エッジコンピューティングだ。
AI処理を従来のクラウドで行うのではなく、ユーザーの近く=エッジで即時に実行する。
── Cloudflareが展開するWorkers AIは、その構造転換の象徴である。

この選択はふたつの明確な価値もたらした。

  • レスポンスの高速化

  • ユーザープライバシーの強化

従来のように巨大な中央サーバーに依存するのではなく、
ネットワークの“エッジ(周辺)”に処理を分散する。
Cloudflareは、GAFAM的な中央集権モデルとは異なる進化を選んだ。

エッジコンピュータの図。直接クラウドサーバーにアクセスしない。 ©DOMO inc.,

2025年、バンク・オブ・アメリカはCloudflareを「Buy(買い)」に格上げし、目標株価を160ドルに設定。その理由には、こう記されていた。

「Cloudflareは、AI時代の主戦場を“エッジ・コンピューティング”に設定している。これは、プラットフォームの再定義である。」

マシュー・プリンスは語る。
「未来のプラットフォームは、“エッジ・コンピューティング”だ。
それぞれのユーザーの近くで、即座に処理し、即座に守ること。
これが“新しいインターネット”だ」

Cloudflareの本質は、その数字の奥にある。「設計の深層に宿る思想」、それがこの企業の核だった。


第8章:コードで世界を守る──エンジニア・スピリッツ

Cloudflareの中枢にあるもの。それは──「コード」だ。

そのコードは、世界中300以上の都市に広がるデータセンターをつなぎ、
1日あたり数千億件のリクエストを処理し、数百万のウェブサイトを守っている。

そのコードを書いているのは誰か? ──それは、表に出ることのない、無数のエンジニアたちだ。


Cloudflareには、創業初期から受け継がれるカルチャーがある。

“We ship daily(私たちは毎日リリースする)”

コードは書かれた翌日には本番環境へ。
承認の階層や形式的なレビューに縛られることはない。
エンジニアには、「動かす責任」と「任せる信頼」が与えられている。
このスピードと自由こそが、Cloudflareの“心臓”だ。

象徴的存在となっているのがCloudflare Workersだ。
JavaScriptやRustで書かれた数十行のコードが、世界中のエッジノードに即時配信され、ユーザーの目前で“瞬時に実行”される。

巨大なクラウドにリクエストを飛ばすのではなく、もっとも近いエッジで処理を済ませる。このエッジのアーキテクチャこそ、Cloudflareを他のプラットフォームとは一線を画す存在にしている。

ある若手エンジニアは、こんなふうに語る。
「ここにいると、自分の書いたコードが、
いまこの瞬間も、どこかの病院サイトや選挙管理ページを守っている
──そう実感できます」

実際、CloudflareにはGoogle、Meta、Amazonから移ってきたエンジニアが少なくない。
彼らが口を揃えて言うのは、こんな言葉だ。
「Cloudflareほど、“自分の仕事が社会に直結している”と感じられる場所はない」

ここでコードを書く目的は、KPIでもUIの改善でもない。
社会インフラを守るために書くのだ。


ミシェル・ザトリンは、エンジニアの役割についてこう語る。

「技術者は、単にプロダクトを作るだけじゃない。
カルチャーや思想までも一緒に創りあげていく存在なの。
Cloudflareが“技術の会社”であり続けているのは、信じてきたからよ。」

その根底には、リー・ホロウェイが描いた設計図が息づいている。
無口な彼が、かつて紙ナプキンに描いたスケッチ。
それは、拡張性と耐障害性を備えたモジュール構造として完成し、Cloudflareの中核となった。
彼のコードは、今も静かに、確実に、多くのシステムを支えている。

マシュー・プリンスは語る。
「僕らは、ただ“動く”インターネットを作っているんじゃない。
“信頼できる”インターネットを、エンジニアの力で築いている。」


「コードが世界を守る」──それが、Cloudflareの信仰であり、誇りなのだ。


終章:未来へ──新しいインターネットのバックボーンへ

Cloudflareは、もはや「セキュリティ企業」ではない。
CDNプロバイダーでもなければ、ネットワークの裏方でもない。

彼らが本当に目指しているのは、
「インターネットを、信頼できるバックボーンに作り直す」ことだ。

創業以来掲げてきたミッション──
「より良いインターネットをすべての人へ」
──その言葉は、いま次のフェーズへと進もうとしている。


1. ポスト量子時代に備える

量子コンピュータの実用化は、もはや仮定ではない。
2030年ごろには、RSAやECC、Diffie-Hellmanといった既存の暗号が数分〜数時間で解読されると予想されている。

TLS通信、金融取引、VPN、電子政府──
インターネットの“安全の前提”が根本から崩れる日が来るかもしれない。

Cloudflareはこの未来を先読みし、2022年から**Post-Quantum Cryptography(量子耐性暗号)の標準化と実装を開始。NIST(米国標準技術研究所)とも連携しながら、段階的に顧客ネットワークへの導入を進めている。

マシュー・プリンスはこう語る。
「未来を守るのは、“未来を信じて準備する人たち”だ。
それは、エンジニアの責任でもあり、社会への約束でもある。」


2. Zero Trustをすべての人へ

かつてセキュリティは、大企業や国家のものだった。
だが今、Cloudflareはそれをすべての人に開放しようとしている。

Zero Trust──「誰も最初から信頼しない」という前提で構築される新しいセキュリティモデル。それを、個人・中小企業・地方自治体にも無料で、または少額で提供する取り組みが始まっている。

ミシェル・ザトリンはいう。
「すべての人が、安全に未来へアクセスできる社会をつくる。
それが、次のCloudflareの使命なの。」


3. “ひとつに統合”という新たな価値

現代の企業は、CDNはこの会社、セキュリティはあのベンダー、ログは別会社…という“分断された構成”に悩んでいる。

Cloudflareは、これをひとつにまとめる。

  • インフラ

  • セキュリティ

  • 認証

  • AI推論

  • ログ・可視化

  • アクセス管理

すべてをCloudflareのネットワーク上で一貫して動かす
彼らは、Platform as a Service(PaaS)の再定義と呼んでいる。

それは、技術者の“時間と注意”の分断を解放するための構想でもある。


■ 終わりからの始まり

ラスベガスのカフェで紙ナプキンに描かれた構想。
それは、やがて数億人を守るインターネットの“バックボーン”となった。

いま、そのバックボーンは、量子コンピューター時代に耐える強度を持ち、誰もが安全に使える柔軟さを備え、"統合された未来のハブ "へと再構築されようとしている。

Cloudflareの革命は、まだまだ続く。ようやくいま、本当の使命を帯びはじめたのかもしれない。

「僕たちは、ただ動くネットじゃない。
“壊れにくい未来”を、設計しているんだ」 
──マシュー・プリンス

TIMEに紹介された2025の100の企業に選出

あとがき

私がCloudflareという企業に出会ったのは、2018年の秋だった。
翌年3月、APJCの拠点があるシンガポールでの研修に参加した。現地では、多くのスタッフと出会い、最先端のテクノロジーやビジョンについても話を聞いた。正直に言えば──そのときの私には、あまりピンと来なかった。

Cloudflareは、当時も今も、典型的な“テクノロジーファースト”の会社だ。
ブランドやストーリーを打ち出すことにはあまり重きを置いていない。
サッカーでいえば、「選手名も知らずに試合を観ている」ような感覚だった。


6年が経った今。自分自身の手でCloudflareの“生い立ち”を追いかけてみようと思った。その背景にある人物たちの色や言葉、創業時の空気をもう一度、ていねいにたどってみた。

本稿は、技術書ではない。経営者やマーケッターに届けたいという思いで書いている。だから、暗号プロトコルの解説やシステムアーキテクチャの詳細は、あえて簡素にとどめた。

2023年には、東京でミシェル・ザトリン本人と会う機会も得た。
彼女のまっすぐな視線と、“飾らない強さ”は、いまも記憶に残っている。

きっと、彼らにはまだ語られていないストーリーが山ほどある。その続きを、またいつか書いてみたい。 占部雅一

ミシェルと一緒に。

出典・参考資料

  • Cloudflare公式ブログ(https://blog.cloudflare.com)

  • TechCrunch Disrupt 登壇記録(2010年)

  • Harvard Business School: Cloudflare Business Plan Competition, 2009

  • Forbes, Inc., Wired, Business Insider: Cloudflare関連インタビュー記事

  • Matthew Prince, Michelle Zatlyn インタビュー集(2020–2024)

  • CloudflareのIR資料およびS-1(証券登録届出書)

  • Post-Quantum Cryptographyに関するCloudflareの技術レポート

  • Workers AI 開発ドキュメント・公式発表

  • Newsweek「Most Loved Workplaces 2023」選出理由・社員コメント

  • Zero Trustセキュリティに関するホワイトペーパーと業界動向

  • BofA、Morgan Stanleyなどのアナリストレポート

  • TD SYNNEX提携に関するCloudflareプレスリリース

※一部の引用内容は、創業メンバーの発言に基づいた要約または再構成です。


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